手料理



「…えっと。…雲雀さん、どうしてここに?」
「校内で火器が使われるっていうのに、僕が見回らない訳ないでしょ」

…火器ってもしかして調理実習室のコンロの事ですか?
ツナは心の中でツッコむのが精一杯だった。

本日はツナのクラスの調理実習。
メニューはアジのムニエル・味噌汁・白ご飯。
ムニエルに味噌汁って…と少し疑問に思ったが、今目の前に居る人物に比べたら些細な事だ。

いつでも好きな学年だと言って憚らない並盛中の風紀委員長様は、それでも確実に自分より年上であるはずだが、毎回なんだかんだと理由を付けてこのクラスの授業に割り込んできている。
ちなみに今日は風紀委員の見回りらしい…二時間もあるんですけどね…。
以前それをツッコんだら「このクラスに編入してもいいんだよ?」と半ば本気で切り返されて、クラス中から「このダメツナがぁ!」と言う目で見られたので、以来深く追求しないようにしている。

「十代目v美味しいご飯作りましょうねvv」
「…う、うん」

俺と雲雀さんの会話なんて…と言うより会話どころか雲雀さんの存在を全く無視して、雲雀さんがアレコレ理由を付けてこのクラスに入り浸る原因が話し掛けてきた。
黒いエプロンを身に着け、小さな髑髏柄が散りばめられたバンダナを三角巾にしてニッコリ笑う獄寺君。

並盛中の風紀委員長様は現在獄寺君に御執心中。
今日の雲雀さんは調理実習室に乗り込んできた途端、携帯電話のカメラ機能で一頻り獄寺くんを撮影。
「僕の心を…並盛の風紀を乱すなんて…咬み殺されたいの?」なんて訳の分からない事を言って、周りの皆をドン引かせていた。

始まる前から嫌な予感しまくりの二時間。
超直感なんて働かせる事無く分かってしまう…きっと無事では終れない。

実習は幾つかのグループに分かれて行われる。出席番号順で俺と獄寺君は続きの番号なので一緒のグループ。
そして元々俺達と同じグループだった一人の男子生徒が、この獄寺君with雲雀さんという災厄の元を忌避して山本に代わってくれるよう頼み込み、それを山本が快諾。
その他二人の男子生徒を含めた計5人が運命共同体となった。

山本をこのグループに入れる…普段なら大歓迎な事だ。
だって獄寺君の料理の腕前ときたら、それ以前の問題すぎて俺や一般生徒では手に負えない。
それを補って余りある働きを期待出来るのが山本だ。

しかし今日この場でのそれは諸刃の剣。
いつも山本はその天然で、雲雀さんを刺激してしまうのだ。…もちろん獄寺君絡みの事で。
でも俺一人で獄寺君のいる調理実習も雲雀さんの抑制もなんて到底無理!
今日は雲雀さん抑制に全力を出すので、調理の方は山本にお願いしよう…。

そして早速事件勃発。

今日の授業での一番のテーマは魚の下処理が出来るようになる事。
クラス全員で教師の説明と共に一斉に魚を下ろす作業に取り掛かるところだった。

獄寺君が包丁をアジに振り下ろそうとした瞬間、その手からすっぽ抜けた包丁が後方へと飛んでいった。
スタンッ!という小気味良い音を立てて壁に突き刺さる包丁。

って言うか獄寺君、瞬間目に入ったけど、肩のところから振りかぶってたよね? 薪じゃないよ!アジだよ!
その高さから振り下ろす必要全く無いよね!?

包丁が飛んだ先には、まるで『キッチンで朝食を作っている愛妻の後姿を、締まりの無い顔で見ている旦那』状態で獄寺君に熱い視線を送っていた雲雀さんが居た。
雲雀さんが寄り掛かったすぐ側の壁に突き刺さっている包丁は、あまりの勢いにまだ少し揺れている。
そして気のせいではなく、はらりと落ちる幾本かの黒髪。
あ、珍しく「動揺している雲雀さん」なんてものを見れてしまった。
こめかみから伝い落ちる汗がリアルです、雲雀さん…。

シーンと静まり返った教室を気にする事なく「失敗しちゃいました」なんて照れ笑い付きで俺に報告してくる獄寺君。
動けずにいた雲雀さんに構う事無く包丁を壁から引っこ抜くと、「さ、頑張って下ろしましょ」なんてご機嫌で声を掛けてきた。

後ろは危険だと悟った雲雀さんは横から獄寺君を見る事にしたらしいが、最初が偶々後ろだっただけで、全方向危険な事には変わりなかった。



色々な危険をグループ皆+雲雀さんで乗り越えて、ようやく獄寺君の魚は食べられる状態へと変貌を遂げた。
いっそ、あんな命に係わる事になるくらいなら、鱗付きの内臓有りの魚だって平気だったな…。と思わせる過程を経て…。

ご飯もガス炊きですでにスイッチが入れられ、味噌汁もあとは味噌を溶かすだけ。
俺と雲雀さんとの共同戦線により、これまでとんでもない被害が作業に獄寺君を係わらせる事はなかった。

しかし、今回の作業のメインであろう、最大の難所…焼きの段階を迎えた。
フライパンの大きさの関係、そして獄寺君の主張により俺と獄寺君の魚。その他3名(by獄寺君)の魚と2つのフライパンに分割された俺達の班の魚。
今まで俺と雲雀さんの妨害で殆どの作業を行っていなかった獄寺君は、どうしても自分が焼くと言い張って聞かず、結局その意見が通る事となってしまった。
そうしてそれがやはり間違いだったと誰もが思った。

最初は順調だったが、やはりお約束。
フライパンから火柱!
おいおいどこの中華屋だ!状態になったコンロの上。
雲雀さんが「火器」って言ってたのもあながち間違っちゃいなかった。

「わーっ!じゅ、十代目のお魚がっ!」

慌てる獄寺君の前に黒い影が走ったかと思うと、天井近くまで立ち上っていた炎はその姿を消した。

本日二度目の静寂に包まれた実習室内。
フライパンを覆っていたのは先程まで雲雀さんの肩に掛かっていた学ラン。

雲雀さんはガスのつまみを戻して大元の火も消すと獄寺君に声を掛けた。

「火傷してない?」

呆然として反応が無い獄寺君。これはいつもの無視とかじゃなくて本当にビックリしてたんだと思う。

「どうしたの?どこか痛いの?」

雲雀さんは反応が無い獄寺君の両手を取って火傷してないかじっくり見て、前髪に触れて焦げてないかチェック。

「うん。どこも怪我してないね。…魚もほら、少し焦げちゃったけど大丈夫だよ」

そう言ってフライパンの上から学ランを退かすと、そこには食べるのに十分な姿を保った魚が横たわっていた。
獄寺君はなんとか無事な魚を見てようやく放心状態から抜け出すと、赤い顔をして小さな声で「ありがと」と呟いた。
うわ〜。雲雀さん嬉しそう。

その後何とか最後の仕上げを行って、長かった調理実習がようやく終った。
いざ、出来上がったものを食べようとしたところで獄寺君が席を立つ。

「…あれ」
「?」
「…お前食えよ」

獄寺君は雲雀さんにそう言うと、真っ赤な顔のまま俺の方を振り返った。

「十代目!オレ、ちょっと購買に行ってきますね」

ちょ、ちょっと獄寺君!その照れっぷりは…まさかさっきのアレで雲雀さんの株急上昇!?
あんなに汚物を見るような目で雲雀さんの事見てたのに…。
人って…本当分かんない。

「先食べてて下さい!」

駆け足で実習室を出て行く赤い顔をした獄寺君。
余りの幸せに何が起こったのか脳内の処理が追いつかないようで、またもや珍しく放心状態の雲雀さんが、獄寺君が居なくなった事に気付き慌てて追い掛け始めた。

「ちょっと!君!そんな風紀を乱す格好で校内をうろつかないで!」

ようやく騒動の元が居なくなったところで、俺は少し苦い味のするムニエルを頬張った。




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今日の1859第3弾


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