やばい!やばい!どうしよう!
今まで生きてきた中で一番焦ってると思う。まぁ大した年数を生きている訳じゃないけど…。
まさかこの僕がこんなに慌てるなんて想像した事も無かった。

…でも今回は慌てるのも無理は無い、と自分自身で妙な納得をしてしまう。
だって最愛の恋人を泣かせてしまったんだから!

移動教室の際に使われる教室が集まった棟の、人通りの少ない場所で事件は起こった。

いつも通り放課後の見回りを風紀委員として行っていた時だった。ボソボソと話す声が聞こえ、そちらへと歩を進める。

最初に目に入ったのは男子生徒の背中だった。次いでその男子生徒の影から女子生徒が走り出てきて、僕の横を慌てて過ぎて行った。
顔を俯けていたので定かではなかったが泣いているようだった。

「覗きなんて趣味が悪いなヒバリ」

振り返った男子生徒は知った顔だった。

「覗き?僕はただ通り掛っただけだよ。第一、僕の学校でそんな事やってる方が悪い」

そこに居たのは山本武であった。
誰であるか判別出来た途端嫌味を言ってやりたくなった。

「それにしても意外だな。女子を泣かすような断り方するなんて…」
「そうか?…ただ、好きなヤツが居るから、って言っただけなんだけどなぁ」
「好きなヤツ…?」
「そう、ヒバリも気付いてるんだろ?…だって、お前もアイツの事見てるもんな」
「…アイツって?」

聞き返したが本当は見当付いている。だからこそ思わず眼光鋭く睨んでしまったのだ。

「白々しいな誤魔化すなよ。…獄寺の事好きなんだろ?…お前がアイツ見る目って感じが違うし…」

バレてた…。
やっぱり好きな人を見る時はどうしても愛おしい眼差しになっちゃうよね…。

でも、僕と獄寺がお付き合いしているっていう事は(獄寺たっての希望により)内緒って事になっているので表情を変えずに応じる。
イヤ、ここは心を鬼にしてむしろ不機嫌全開な表情をあえて作った。

「…冗談でも不愉快だ。自分がそうだからって人もそうなんて思わないでよね。だいたい僕の学校にそんな何人もホモが居るワケないでしょ。」
「へぇ、じゃあヒバリはライバルじゃないって事なんだな。…獄寺〜、オレ一歩前進〜?」

え…?獄寺?…ってまさか…僕の獄寺じゃないよね?
しかし生憎この学校に「獄寺」が一人しか居ない事は僕がよく知っている。

ちょうど向こう側から歩いてくる校内唯一のそして、「僕の獄寺」に全く気付いていなかった。
またもや(腹の立つ事に)僕よりも、そして獄寺より体格の良い山本武のせいで見えていなかったせいもあるのだが、目の前の男との遣り取りにムキになる余り、僕とした事が獄寺の気配に気付けなかった。
そして視線を向けた獄寺は潤んだ目をしながら僕の横を通り過ぎて行った。
…先ほどの女子生徒のように…。

「獄寺〜待ってくれよ。一緒に帰ろうぜ」

なんて山本武の言葉が耳に入ったが、全く意味を理解する事も出来ず、ただその場に立ち尽くしていた。
そして冒頭に戻る。


柄にもなく焦っていて、一体何をすればいいのか分からない。
見た目全くそういう風には見えてはないだろう。きっといつもの「クールな風紀委員長」って感じに見えてるはず。

本当は急いで彼を追い掛けて、さっき言ってたのは違うんだって事を説明しないといけないんだけど、ホント僕にしてはらしくもなく、あまりのショックに固まってしまった。

人外だなんだと言われてるけど僕もやっぱり人の子なんだなぁ…。
なんて感心している場合じゃない。今からでも追いかけなくては!

まずは彼の教室をさり気なく覗いてみたけど室内に生徒が残っている様子が無い。すでに放課後の為校内に残っている生徒自体少ない。

次の心当たりといえば…すっごく不本意&癪だけど…保健室。
なんだかんだ言って彼が一番頼りにしているのがうちの学校の保健医だ…すごく認めたくない事実だけど。

保健室には鍵が掛かっていた。
誰も居ないって事だろうけど、逃げ込んだ彼が中から鍵を掛けているという可能性もあるので、念の為いつも持ち歩いているマスターキーを使って中に入る。

中には誰も人がおらず、見つからなかった落胆と保健医の元に居なかった安堵が同時に胸中に湧き上がる。
いやいやこんな事で安心している場合じゃなく早く彼を探さないと。

あれ…?そういえば、山本武が一緒に帰ろうなんて誘ってなかったっけ?
もう校外に出てるかも…あ!その前に電話!

相当焦っていて今までその存在を欠片も思い出す事のなかった携帯電話。
履歴から掛けるが、聞こえてきたのは電源が入っていないか電波が…というお決まりの文句。
乱暴に通話を終了させた後、携帯電話をへし折ってやりたい衝動に駆られたがそれは何とか堪える。

こうなったらバイクを飛ばして獄寺の家に行こう、と駐輪場まで向かっていたところ、普段自分が学校内に居る時、大半を過ごす応接室に人影が見えた。
窓から一瞬見えただけだが自分が彼を見間違う訳が無い。
確かに自分の恋人である獄寺隼人であった。
手近の開いている窓から校内に入り、応接室のある二階へと向かう。
勢いよく扉を開くとやはりそこには彼が居た。

「よう。…ってか、どうした?んな息切らして…珍し…」

想像していた様子とあまりに違うので、またもや放心してしまった。
そこに居た獄寺は普段の様子と何ら変わりなかったのである。

「おーい。ヒバリ?どうした?」

入り口で呆然と獄寺を見詰めるだけであった自分の前に歩み寄ってきて、目の前で手を振っている。
その顔は僕の気のせいでなければ、様子のおかしい僕を心配してくれているように見えた。

「…さっき、廊下で…」
「ああ。お前見回りだったんだろ?終わったんなら一緒に帰ろうぜ」

至って普段と変わらない。
それどころかいつもはあの草食動物(咬み殺したいランキング一位の“十代目”)と時々もう一人の草食動物(先程めでたく十代目と同率一位になった野球馬鹿)も一緒に加わって帰っている為、自分と帰宅するなど今まで無かった。
もしかして別れ話切り出されたりして…。

そう思った途端堪えきれずに目の前の獄寺を強く抱き締めた。
絶対放さない、と腕に力を籠める。
首筋に顔を埋めて大きく息を吸い込むと煙草と香水と彼自身の香りがする。
あぁ、僕の獄寺だ。

「おい…ヒバリ?…マジでどうした?」

獄寺も僕に腕を回して、ぽんぽんと子供をあやすように優しく背中を叩いてくれる。あぁ…やばい…涙が出てきそう…。
でも泣いてる場合じゃない。自分の不用意な発言で悲しんでいる獄寺を慰めないと!

「さっき僕が言った事は違うからね」
「…?…さっき言った事って…?」
「山本武に言った事」

「…えっと…ごめん。オレ、それ聞いてなかったんだけど…」

え?

思わず出そうになっていた涙も引っ込んでしまった。

「だって、さっき泣きながら走って行っちゃったじゃない…」

そう言うと抱き締めている獄寺の体がピクリと動いた。
やっぱり僕の言った事を聞いてて、傷付いてしまったんだよね。

「ごめんね。付き合ってる事内緒にしてて欲しいって約束だったから、あんな事言ったんだ。でもそれで、泣いちゃうくらいに傷つけちゃったんだよね…。ホントごめん」
「あ…あの…ヒバリ?…マジ言ってる意味がよく分かんないんだけど…?」

「…え?」

「だから、あん時お前ら二人でしゃべってた事なんて聞いてなかったし…」
「え〜っ!?」

思わず抱き締めていた隼人から離れて大声を出してしまった。
両腕をギュッと掴んで、正面から隼人を見据え問い詰める。

「どういう事?僕のせいじゃないなら、なんで泣いてたの?」
「泣いてないし…。お前の見間違いだ」

獄寺は僕の目を見る事無く、足元に視線を向けたまま僕の問い掛けに答えた。

「ウソ。絶対泣いてた。僕の目は誤魔化されない。…ねぇ、僕のせいじゃないって言うなら、訳を教えて」

獄寺の口から聞きたい。そうじゃないと信じられない。

「…言ったら、お前絶対怒る」
「怒らない」
「怒る…。だって十代目絡みの事だから…」

沢田の事を口にすると僕の機嫌が悪くなるという事を危惧しているようだが(と言うかすでに言ってるよ獄寺)、この際先程の僕の言った事で泣いていたのでないのなら何だっていい。

「お願い。理由を言って?絶対に怒らないから」

獄寺の両手を包み込むようにして握り、彼の薄い緑の瞳をじっと見つめて信じてくれるようにと視線に思いを込める。
僕の瞳をしばらく見詰めたままだったが、その視線を足元に向けて躊躇いがちに獄寺が口を開いてくれた。

「今日は十代目が風邪で学校を休まれてて…オレは授業殆どサボってたんだ。で、帰りに十代目お見舞いに行こうと思って電話で連絡したんだけど、相当お辛いらしくて見舞いを断られて…」
「それが悲しかったの…?」
「いや…、それも悲しかったけど…」

どうやら他に理由があるらしいのだが、相当に言い辛い事らしく言い淀んでいる。
僕はそんな様子の獄寺をじっと見守った。
もともと嘘をつく事が苦手な子だし、ましてや僕の視線に籠められた「本当の事を言ってほしい」という願いを感じ取ってくれたのだろう、意を決したようで再び話し出した。

「今日一日十代目のお顔が見られないのが…その…えっと…寂しくて、…で…携帯に入ってた写真を見てたら、途中でメールきたりして…操作間違って写真を消しちゃったんだ…」

そう言ったきり黙ってしまった獄寺。
僕は「まさか」と思いつつも勇気を出して訊ねてみた。

「…泣いてた理由って…沢田の写真消しちゃったから?」

しばらく反応が無かったがよく見ていると髪の間からチラリと見える耳が真っ赤になってるし、それに握っていた手も熱い。
…きっといつもの僕だったら獄寺が沢田の話をすると不機嫌になるし、ましてや沢田のせいで泣いたなんて聞いたら速攻で咬み殺しに行ってたと思う。
でも今回は僕のせいじゃなかったって分かって安心するのが先に立って、沢田に対する怒りは(全くとは言えないが殆ど)無かった。

「…良かった」
「は?…お前本当に怒んねーの?」
「怒らないって約束したじゃない」
「そうだけど…」

あの理由で僕が怒らない事を相当訝しんでいるらしく、未だ信じられないという顔だ。まぁそれもしょうがないか。
しかし、ほっとしていたのも束の間だった。

「そういえば、お前がさっき山本に言った事って?」
「え…」
「オレも正直に話したんだからお前も話すよな?」

そう言ってニッコリ微笑む獄寺。
こめかみに汗が流れるのが分かる…。

「まぁ、言っくれなくても山本に聞くから別にいいけどな」

絶対駄目!アイツの口から伝わるくらいなら、と自ら口を割る。もちろんなるべく彼を傷付けないように言葉を選びつつ…。

「なぁんだ。そんな事かよ」

話し終わるまで生きた心地がしなかったが、話を聞いた獄寺はあっさりと言い放ってくれた…実に軽い口調で。

「だってオレが皆には内緒にしてくれって言ってんだからしょうがないじゃん。ヒバリはばれないように誤魔化してくれたんだろ?ちゃんと分かってるからそんなんで嫌ったりしないぜ」
「獄寺…」

今日の僕は本当にらしくない。
…今も彼の優しい微笑みに泣きそうになったが、折角彼が誘ってくれたのだから涙は堪えて一緒に帰ろう。

しかし付き合ってる事は内緒なので不自然な距離を保ちつつ帰路についた。
…いつになったら並んで(手なんか繋いだりして)帰れるようになるんだろう…。


〜後日談〜
「ひ、雲雀さん…。これは一体…?」

獄寺が屋上で授業をサボっている時間、授業中に風紀委員数人を沢田の居る教室に派遣。
両脇を抱えるようにして応接室に連れてこられた沢田は真っ青な顔で僕の前に立ち尽くしている。
僕はそんな沢田に構うことなく高機能のデジタルカメラを構えて沢田に向ける。

「ちょっと君の写真をね」

獄寺に他の男の写真を持たせるのは癪だが、僕の心の平穏の為に。




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今日の1859第6弾


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