二人とヒバードと瓜



「ヒバリいるか〜?」

珍しく自ら不可侵の境を越えて隼人がこちらに来た。
随分疲れているみたいで、見ていて可哀想になる程だ。
ヘロヘロと僕の部屋に入ってきて、そのまま畳にうつ伏せに倒れた。

「どうしたの?君から来るなんて珍しい…」

側に寄って頭を撫でながら問うとくぐもった声が聞こえた。

「さすがに疲れた。一週間殆ど寝てねぇんだよ…。ヒバリ、バリネズミ出してくれ」
「何するの?」
「癒されたい…。瓜のヤツ相変わらずで余計疲れる…」

全く懐かない彼の匣兵器であるネコ。
隼人も毎回懲りずに慣らそうとしているが、炎を得る時以外でネコが彼に大人しく触らせる事は無い。
わざわざアニマルセラピーの為に僕のところへ来るなんて…。
少しでも僕に会いに来た、とか言ってくれないのかな?

「僕が癒してあげるのに」
「冗談。お前も瓜と一緒で俺を疲れさせるくせに」
「ひどいな。優しくしてあげるのに」
「…それは今の懸案が落ち着いてからな…」

ワオ。君の口からそんな事が聞けるなんて!
余程疲れているのかな…まぁ、それに免じて今日は大人しく休ませてあげよう。

「覚えておくからね」

うつ伏せになっている為表情は見えないが、彼が照れているらしい事は覗く耳の赤さから伝わった。
しっかり言質は取ったと伝え、僕の匣からハリネズミを出してあげる。

現れたハリネズミは僕の手指をフンフン嗅いでいたので、そのままそっと隼人の方へ押してやった。
トコトコと隼人の側に寄り、今度は隼人の耳の辺りをフンフン嗅ぎ始めた。

「怪我しないでね」
「瓜なんかよりよっぽど安全だぜ。アイツ俺の事引っ掻くわ、噛み付くわで生傷が絶えない」

確かに彼の手、時には顔まで傷だらけな事がある。
彼としてはあのネコと遊んだり、一緒に寝たりとしたいらしいのだが、生憎あのネコは全くその相手として相応しくない存在だった。

腹這いになった状態で隼人はとても楽しそうにハリネズミの相手をしてあげている。
いや、ハリネズミが彼の相手をしてあげてるのか…。

隼人はハリネズミの顎の下を撫でたりひっくり返してお腹を撫でたり指でアチコチ突いたりとあれこれ構っている。
持参したオヤツをあげたりしてるけど…物を食べるのは君のネコでしょ。
こんな事やるくらいなら大人しく仮眠すればいいのに…。

「ねぇ、動物と遊ぶより少し寝たら?添い寝してあげるよ」
「無理。今寝たら一生起きれない。今だったらお前がちょっかい掛けてきても全く起きない自信があるね、オレは!」

そんな力強く断言しなくても…。

「じゃぁ、試してみようか?」…そういう雰囲気を声に滲ませて聞こうとしたところで、細く開けた窓からいつも僕の傍らにいる鳥が入ってきた。

「ハヤト。ハヤト」

なんて間の悪い…。
ほら、隼人が嬉しそうな顔で鳥に手を伸ばす。

ハリネズミと鳥に構ってもらって、先程この部屋に来た時から見ると随分表情が明るくなった。
疲れてる顔なんかより余程こちらの方が良いけど、それが僕からじゃないものから齎されて少し面白くないなんて心が狭いかな…。

行儀が悪いが僕も横になって一人と一匹と一羽の微笑ましい戯れを見る。
しかし穏やかな気持ちになっていたところで、突然その空気が破られた。

障子の枠一つ分から、穏やかな空気と障子紙を破って隼人のネコが乱入してきた。
ネコは「たっ」と軽い音を立てて畳を蹴ると、一直線に僕の懐に飛び込んできた。

「ちょっと…何なの…」

グルグルと低音で喉を鳴らしながら着流しを着た僕の胸元に擦り寄って、時々甘えた声で鳴く。
隼人はと言うと、自分には懐かないのに僕に甘えた態度のネコを見て、次いで僕の顔を見るとムッとした顔をした。

ちょ、ちょっと僕に嫉妬!?
何?このもらい事故…

だいたいこのネコも、匣の持ち主に似て天邪鬼というか何と言うか…。
どうせ、自分に構って欲しいのに素直に隼人に甘える事が出来なくて、今だって他のコ達を可愛がってる隼人の気を引こうと僕に甘えているだけでしょ。

でも、そんな遠回しな事隼人には通じない。
彼は超が付く程鈍感なんだ。
今までそれで僕がどれだけ苦労してきた事か…。

「ふん。お前はヒバリの方が良いんだよな。もう、オレのトコに帰ってこなくていいぞ瓜。あ、炎くらい出してやるから偶には顔出せば?俺達邪魔しちゃ悪いからあっちに戻ろうぜ」

なんて、ハリネズミを腕に抱き、鳥を頭にとまらせたまま部屋を出て行こうとした。
ネコと同じ、意地っ張りな事言いながら…でも悲しそうな顔をしてたのを僕は見逃さなかった。

いくら隼人が可愛がろうとしているネコだからって彼にあんな顔させるなんて許せない。
その身を引き剥がして叱ってやろうとしたところで、ネコが僕を蹴って(怒)、隼人に飛び付いた。

「にょおん」

隼人の肩に飛び乗ったネコは隼人の頬をペロリと舐めた。
いつもの隼人だったら、きっとそれに絆されて機嫌を直しているだろうに、よほど悲しかったのか、疲れているせいか、未だ硬い表情で正面を見ていた。

「にょおん」

なんだか僕が聞いても、その鳴き声が悲しそうに聞こえるのは気のせいだろうか…。
ネコはペロペロと幾度も隼人の頬を舐める。

「隼人」

彼の側に寄り、彼の硬く握った手にそっと触れる。
僕が思う、僕が出来る、一番優しい触れ方で…。

意地っ張りだから、許してあげたくても素直に許してあげられないんだよね。

僕と喧嘩した時もそう。
だからいつも仲直りの時、必要以上に時間が掛かる。

いつもは君の十代目が言っているらしい台詞を今日は僕が言ってあげる。

「もう許してあげたら?」

ネコが彼の頬を舐め、僕が彼の手を撫でる。
力が入っていた彼の手がゆるりと柔らかく解け、小さな溜め息が聞こえた。

「仕方ねぇな…」

隼人はハリネズミを僕に手渡すと肩にしがみ付いたネコを抱いて、先ほど僕が彼にそうしたように優しい手付きでネコを撫でる。
許されたと分かったネコは目を細めて喉を鳴らしていた。

全くどちらも手が掛かる…。
ようやく一件落着と、油断していた。

唇に瞬間、馴染み深い、しかし久しぶりの柔らかい感触。

「ありがと」

小さく照れた声が聞こえ、翻る身体を捕らえようと手を伸ばすが、するりとすり抜けて行った。

でも追い掛ける事はしない。
次に会う時に優しくすると、そしてそれに身を委ねてくれると約束した。
それを楽しみにしばらく過ごすのも悪くない。

でも、あまり長くは待てない…別れ際にあんな可愛い事をされては…。

だから、僕が我慢出来る間に早く。




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今日の1859第10弾


2008.11.2 1859net

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