保健室



今年度からうちの学校の養護教諭として働き始めた男はちょっと目を引く容姿だった。
銀色の髪に緑の瞳。そして顔も整っているとあっては女子生徒や女性教師、果ては興味を覚えたらしい男子までやたらと保健室を訪れるようになった。

お陰で保健室は大盛況。
保健室前の廊下には長蛇の列。
常にベッドは満床。

風紀の乱れを感じた僕は直々に保健室を見回ることにした。


「と、言う訳で今日一日此処に居させてもらうから」
「…いいけど」

養護教諭は獄寺という若い男で、なんでも校医として働くのはこの学校が初めてという事らしい。
常駐の養護教諭であるが、彼は実際に医師の資格を持っている。
年齢は24歳。
なるほど見た目は極上だ。

そう思っているうちに保健室の扉がノックされた。

「先生〜。頭痛いんですけ…ど…」

入ってきた女子生徒は僕と目が合った途端、ピシリと音がしそうな勢いで固まった。

「どうした?そんなに体調悪いのか?」

校医は入り口で固まってしまった生徒が、余程具合が悪いと思ったのか席を立って側まで寄ろうとした。
しかし女子生徒は途端に動き出した。

「す、すみません。もう大丈夫ですっ。失礼しましたっ」

早口で言いながら、すでに部屋の外だった。
彼は首を傾げながら椅子に座ると怪訝な表情をしながらも、デスクワークに戻った。

結局皆こんな感じで、保健室に来た生徒(中には教師も)は殆ど室内に入った途端回れ右。
校医はこの状況を訝しんでいた。

「お前が来てから途端に暇になったんだけど…」
「病気や怪我の生徒が少ないのはいい事でしょ」
「そりゃ、そうだけど…。何で皆お前を見たらここに入って来ないんだ?」
「さぁ…?」

2限目が終わってからの休み時間。
普通であれば休み時間ともなると訪問者が激増する保健室。
しかし僕が保健室に居る事が広まったのか、すでに此処を訪れる人間は皆無だった。

閑古鳥鳴く保健室で彼は書類の整理や薬等の在庫の確認を行い、僕は椅子に腰掛けて本を読んでいた。

「なぁ、お前授業出なくていいワケ?」
「必要ない」
「必要ない…って…、大丈夫なのかよ?」
「一応成績は頭から数えた方が断然早いくらい」

彼は「なら、いっか」なんて言いながら自分の仕事を続ける。
授業に戻れ、って言われるかと思った…もちろん大人しく戻ったりしないけど。

と言うか、彼はうちの学校の風紀委員事情というものを全く知らないらしかった。
僕がこの学校…並盛町でどういう立場なのかという事を。

そして、そんな彼の僕への接し方がやけに新鮮に感られじた。
自分が望んで行動してきた結果だが、近頃は腫れ物に触るような周りの態度すら僕をイライラさせる原因になっていた。
校医の、他の人間に対するのと全く変わらない態度は居心地が良かった。

そうして全く人が訪れないまま昼休みになった。
僕は風紀委員が運んできた仕出し弁当を保健室で食べていた。
彼はというと唯一の机を僕に明け渡し、窓際に置いた椅子に腰掛けて煙草を吸っていた。

「ご飯食べないの?」
「だっていつも食う暇なんて無かったから持ってきてないし」
「うちの学校購買あるけど」
「面倒だし、いい」

呆れた。
どうせ仮病なヤツ等ばかりなんだからいちいち診る事無かったのに。
それに面倒って…。
他人の世話する前に自分の事をちゃんとやればいいのに。

何故だかムッとしてしまう…。
すぐに携帯電話を取り出し、風紀委員にある命令を下す。

いくらか時間が経過した頃、本日久々に保健室の扉がノックされた。
獄寺が返答を返すよりも早く僕が応えると、風呂敷包みを持った風紀委員が入ってきた。

「そこに置いておいて。僕が居ない間変わった事は無い?」

特に変わった事は無かったと言う報告を受け、退室を命じる。

「ねぇ。あなたのご飯がきたよ」

何だか妙な表情で此方を見ていた校医に昼を食べるよう促すと、椅子を引き摺りながら近寄ってきた彼。
事務机に弁当を並べて顔つき合わせてご飯を食べる…何だかこそばゆい気がした。

「さっきのヤツって…そういえばこの学校で何人か同じ格好のヤツ等見掛けてたけど…」
「あれはうちの学校の風紀委員だよ」
「あんな格好のヤツを顎で使ってるお前って何?」
「何って…風紀委員長だけど」
「日本の学校って変わってんのな?お前みたいな細っこいヤツがあんな頑強そうなの仕切ってるなんて…」

知らないって恐ろしいね。
僕がどれだけ強いか、今度草食動物の群れを咬み殺す時にでも連れて行こう。
しかも…。

「あなたの方が余程細い。無駄話はいいから食べなよ」
「なぁ、なんでお前は違う格好なの?」
「人の話聞いてる?さっさと食えと言ってる」
「お前風紀委員だろ?何だよ先生に向かってその口の聞き方。風紀が聞いて呆れるぜ」

ぷいっとそっぽを向く校医。
いい大人が…こっちこそ呆れる。

「はいはい。どうぞ先生召し上がって下さい。ほらこれで満足?」
「可愛くねぇヤツ」

いつもの僕だったらここで「咬み殺す」だけど、今日は特別に見逃してやろう。
だって、さっきから不思議なんだけど、こんな遣り取りすら何だか楽しく感じてしまう。
彼は面白くなさそうな顔をしていたけど、それとは逆に僕の機嫌は良かった。

しかし、そんな彼の面白くなさそうな顔もご飯を食べ始めてからは治まって、僕と機嫌よく会話するまでになった。
お腹空いてて機嫌悪かったのかな?だとしたらますます子供みたいだ。

色々と話をして分かったのだが、彼はイタリアの出身であるうえ、大学までは学校に通わず家庭教師がついており、医師の資格を取る為の大学も飛び級で卒業してしまった為、一般的な学校生活というものに疎いという事だった。
保健室が大盛況だったのも異常な事とは分からず、当たり前な事であるうえに、彼自身の手際が悪いのだろうと思っていたらしい。

無自覚というかなんと言うか…。

「あなたはもう少し自分の事を知るべきだ」
「…どういう事だよ?」
「魅力的って事だよ」
「…」

一瞬何を言われたのか分からないって顔が、理解した途端真っ赤になった。

「ねぇ。イタリア人ってこういうの言い慣れてるし、言われ慣れてるものじゃないの?」
「あ、アホか!」

彼はますます赤くなる顔を両手で覆ったまま俯いた。
そんな彼を見ていると自然に笑みが浮かんでくるが、隠れてしまった顔を少し残念に思った。

人を払いに保健室に来たのに、まさか僕がこれから連日此処を訪れる事になるなんて…。
まぁ、お陰で保健室に行列が出来るって事も無くなってお昼もゆっくり食べられるようになって良かったね。センセイ。




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今日の1859第15弾


2008.11.9 1859net

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