屋上



ちょ、ちょっと…これは何?

放課後の校内の見回り。
いつものルート。
最後の場所は屋上。

そこに足を踏み入れた途端、目に飛び込んできたモノ。

寝袋にブランケットとランタン。
極め付けにやけに立派な天体望遠鏡(すでに三脚にセッティング済み)。

普段屋上は施錠されている為一般の生徒が立ち入る事は無い。
僕が並盛の風紀委員をやる前は不良共の溜り場と化していたが、そんな悪しき習慣も無くなって久しい。

しかし、最近とある生徒が立ち入っているという事で特に屋上の見回りを強化していた。
そして今日も授業中に数回見に来ていたがその時は立ち入っている生徒も、今現在僕の目の前に繰り広げられている惨状も無かった。

暫しそれを見ていると、背後で人の気配がした。
僕は屋上に設置されている給水塔へと上って、恐らくこの状況の原因であろう人物を確認する事にした。

「あれ?締め忘れてら」

そんな呟きと共に現れたのは予想通りの人物=獄寺隼人であった。
鍵が開いていた事等然程気に留めた風でもなく、寝袋のうえに腰掛けると煙草を取り出して口に咥えた。

最近屋上で度々目撃されていたので、多分そうだろうと思っていたが…決定的場面を確認出来たところで給水塔の上から飛び降りた。

「!!!?」

まぁ、目の前に人が降ってきては驚くのも無理はない。
トンファーで叩き落してやろうと思っていた煙草は、驚きのあまり開かれた口から勝手に落ちていた。

呆然としていたのも束の間、彼は慌てて臨戦態勢をとろうとするが、それをさせてやる程僕もお人好しではない。
馬乗りになり首筋にトンファーを当て、彼の動きを封じる。
彼は息をするのも辛そうだったが、その瞳に宿した好戦的な光を衰えさせる事無く僕の事を睨んできた。

うん。その目は嫌いじゃないな。
だからと言って勝手を許すつもりはないけど。

「人の学校で何勝手な事やってるの?」
「…っ、うるせぇ…退き、やがれ」

息も絶え絶えといった態で減らず口を叩けるなんて、ちょっと感心してしまう。
まぁ、でも馬鹿だよね。
僕にそんな口を利くなんて。

とりあえず抵抗出来ない程度にトンファーで殴って、その身から退く。

「…痛ってぇな…思いっ切り殴りやがって…」
「ワオ。まだそんな口利けるんだ。…それから、僕が思いっ切り殴ってたら今頃一生口なんて利けなくなってるよ」

手加減してやったんだと遠回しに言ってやると案の定悔しそうな顔をした。
本当分かりやすい。

しかし、弱い草食動物であるはずの彼の心はどうやったら折れるのだろう…。
普通の草食動物ならここまでやれば僕に歯向かう気なんて微塵も無くなっている。
この、瞳に強い光を宿す弱い草食動物は、きっとトンファーを振るって身体的に傅かせることは出来ても、精神的には傅くという事は無いだろう。

そんな事を考えていると、この弱くて、でも強い心を持った彼に興味が湧いてきた。

「ねぇ、もう殴らないし理由に因ってはここに居る事を許可してあげてもいい。一体何をしようとしてるの?」

彼にもだが、屋上に色々と取り揃えられたものにも興味が湧いた。
自分でも驚きだが随分と譲歩した提案をしてあげる。
彼も同じ思いだったのか、殴られた所為で痛みを感じる表情の中に一瞬驚いた顔が見えた。
すぐにプイッとそっぽを向くと拗ねたような、小声が聞こえてきた。

「見りゃ分かんだろ?星見る以外にこれを使うかよ?」

まぁ、一番真っ当な使用方法だよね。
でも、中にはそういう目的でない使い方をする輩もいる。

「星の他にも、人の家を覗いたり出来るよ」
「あ、アホか!?誰がんな事するかよ!」


顔だけでなく銀色の髪の隙間から垣間見える耳も真っ赤にして怒鳴ってきた。
うちの中学一番の問題児が星を見るなんてらしくない事言ったり、些細な事で照れて顔を赤くしたり。
…意外。面白いオモチャでも見つけた気分だな。

「最近大分寒くなってきて空気も澄んできただろ?だから星もよく見えるようになってきたと思って」
「これ、どうしたの?」

と、望遠鏡を指差せば「家から持ってきた」との事。
…一体いつの間にこんな物を校内に持ち込んだのか…取り締まりを厳しくする必要があるな。

「お前知ってる?見つけた彗星に自分の名前が付くんだ。まぁ、んな簡単に見付かんねぇみたいだけど」

そう言って彼はまだ暗くなり始めただけで、星なんて欠片も見えない橙と薄墨が混ざったような色の空を見上げた。

彼の瞳は(それは素直に褒めてもいい程に)とても綺麗な緑色をしていた。
今の彼の瞳は夕方の変化の激しい空の色を映して、僕の語彙では表せない…「緑」なんて枠には収められない不思議な色だった。

そうして星なんかよりその瞳をずっと見ていたいような気分になってしまった自分に気付き憮然とする。
そんな己を振り切るようにして彼に話し掛けた。

「見付けた星に自分の名前を付けるの?『ゴクデラ』とか『ハヤト』とか?」

僕の問いに彼は驚いた表情で此方を見た。

「何?」

「…や…お前…俺の名前知ってたんだなぁ…って…」
「…あのね、君自分がどれだけ違反してるか分かってるの?毎日毎日報告書が山の様に僕の元に届けられて…いい加減名前くらい覚える」
「…あ、まぁ、そうだよな…。ちなみに名前が付くとしたら『獄寺彗星』かな」
「趣味悪い。…それよりも、何?わざわざ星を見るために勝手にこんな大仰な用意をしたワケ?」
「だって俺ん家の方だと周りが明るいしさ。学校なら辺りは暗いし、静かだしいいかなって。ほら、天文部とかよくやってんじゃん」
「うちの学校に天文部は無い」
「そうなんだよな。だから自前の望遠鏡持ち込んだんだけど…まぁ、悪い事しようってワケじゃないんだから見逃せよ」

普段なら問答無用で追い出していたと思うけど、ほんの気紛れで彼の天体観測を許可する事にした。
但し僕も一緒という条件付で。

彼と二人屋上に並んで星を見るのに良き頃合を待っていた。

僕もこの彼の星探しに付き合ってみようなんて思ったんだ。
明日から三連休。これと言って予定らしい予定も無かったし、退屈凌ぎにちょうどいい。
つまらなければ彼を咬み殺して帰れば良いだけだしね。

彼は一晩ここで夜明かしをするつもりだったらしく色々と持ち込んでいて、その中の一つである魔法瓶から僕にコーヒーを注いでくれた。

「砂糖とミルクは?」
「両方」

渡された砂糖とポーションタイプのミルクをコーヒーに入れる。
真っ黒なコーヒーに渦を描くミルク。
対照的なその色合いが何だか屋上の二人を連想させる色だ。
混ざり合って柔らかい茶色をしたそれは意外に美味しくて、僕の体を温めてくれた。

そして意外と言えば僕の隣に座る彼だ。

ブランケットを僕に渡し、自分は寝袋に足を突っ込んで、何語で書いてあるのかよく分からない本を読んでいる。
普段騒々しい彼の姿しか見た事がない僕は、小さな光を受けて光る眼鏡を掛けた彼がまるで見た事の無いような人間のようで…。
特にやる事のない僕はそんな彼をぼんやりと見ていた。

僕の視線に気付いたのか、ふと彼が此方を見た。

「眠いんなら代わってやろうか?」

ぼんやりしていたせいで彼が勘違いしたのか、自分が入る寝袋を明け渡そうとしたので、首を振って断った。
別に眠たい訳ではない。
再び本に視線を戻した彼はしばらく経った頃、視線を落としたまま口を開いた。

「もし、彗星が見付かって名前が付くならお前の名前の方がいいな…」
「え?」


「雲雀って…綺麗な名前だよな。だから此処で見付けられたら雲雀彗星」

彼はポツリとそう言うと僕の方を見て笑った。

君の方が余程綺麗だ。なんて思わず口に出しそうになってしまった…。
赤くなる顔は大分暗くなった世界が隠してくれる。

僕が初めて見る今までとは違った君。
こんな君を知っている人は他にも居るんだろうか…?

僕が最初に見付けられたなら…そうしたら名前を付けて、僕のものにしてあげるのに…。




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今日の1859第19弾


2008.11.20 1859net

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