応接室



十代目と(ついでに野球バカも)一緒に登校していた時だった。並盛中の校門前には異様な雰囲気が漂っていた。

それを見たオレは胃の辺りがキュっと痛くなったような気がした…イヤ気がするだけでなく実際に痛い…。

校門前にはズラリと、今時此処以外ではお目に掛かるのも珍しいようなリーゼントに長ラン姿の男達が立ち並び、登校してくる生徒の服装チェックを行っていた。
校門から校舎内に至る道の両側に並ぶ風紀委員の間を恐々と通って行く一般生徒達。

オレと同じく校門で行われている事に気付かれた十代目が気遣わしげな目をオレに向けられた。

「ご、獄寺君…大丈夫?」

十代目に御心配頂ける幸せと十代目に御心配をお掛けしている申し訳無さが心の中で渦巻いている…しかし、十代目にそう思われても仕方ない出来事が最近のオレにはあった。
十代目には苦笑と共に「大丈夫です!」と返事を返すが実はあの校門を通っての通学はイヤだ。
本当なら…@サボるA塀から登校B遅刻。のどれかを選びたいとこであるがそれでは十代目の右腕失格だ。

しかし、それと秤にかけてもあの風紀委員の群れに近付くのは躊躇われる。

頭の中でぐるぐると考えながら十代目に続いて歩いていると校門が近付いてきた…。
なるべく、と言うより絶対に両側に立ち並ぶ風紀委員達に目線を向けないよう、ただひたすらに少し前を歩かれている十代目の足元を見ながら歩く。

そんな努力も空しく今日もオレの胃痛の原因が現れた。

「君、ちょっと」

声を掛けられたのは恐らくオレ…だが、ここで立ち止まってはいけない。
もちろん顔を上げずに気付かぬ振りをして、十代目の後を付いて行くのみだ。と、突然歩みを止められた十代目の背中にオレはぶつかってしまった。

「じゅ、十代目!申し訳ございません!!」

下げた頭を上げた途端絶対に視界に入れてはいけないモノが入ってきてしまった。

雲雀恭弥。
今最もオレが係わり合いになりたくない男であった。

「ひ、雲雀さん…あ、あの…」

お声を掛けておられる十代目の前に仁王立ちしているヒバリは十代目と山本を一睨みした後、オレの方へと視線を向けた。

「君たちは行っていいよ。僕が用があるのは後ろの彼だからね」

またか…と思うと同時に胃痛と怒りが込み上げてきた。最近いつもこうだ。
視界に入れなきゃいいのに、余程オレの事が気に食わないらしく、なんやかんやと人の前に現れてはいちゃもんを付けやがる。

昨日だって十代目と(ついでに野球バカも)一緒に屋上で昼飯を食べている時にわざわざやって来て群れるなだの何だの言ってきた。
一昨日授業をサボって保健室で昼寝をしていた時も、更にその前日、やはり授業をさぼって図書室で本を読んでいた時も、その更に前日も…と挙げ出せばキリが無い。
注意をしてくる都度反抗してトンファーでメッタ打ちにされて…さすがにここ一月ほぼ毎日それを繰り返されるとさすがのオレでもいちいち噛み付く気が失せる。
顔どころか体中殴打による痣だらけ…さすがのシャマルも憐れみの目でオレを見て、そっと治療してくれる程だ…。

最近は無視する事にしているのだが、もちろんそれで解放された事など無い。
無視して通り過ぎようとしてもやはりトンファーで止められる。
腹立たしい事に毎回、時にはダイナマイトまで取り出して応戦するのだが勝てた試しが無い。

あぁ、思い出してまたムカついてきた。
どうせ今日もオレの格好が気に食わず呼び止めたんだろう。

オレは身に付けていた指輪を引き抜き、ブレスレットを外し、ネックレスを引き千切って外すとヒバリの顔目掛けて投げ付けてやった。
これでヤツの顔にでも当たれば多少なりとも気が晴れたであろうが、当然トンファーで払われて終わりだ。分かっていた事とはいえ更に腹が立つ。
十代目がオレの名前を呼ばれているが、ここはヒバリを振り切るのが先決と校内へと足早で向かった。



教室内に着いてからようやく十代目へお詫びをする。


「ほんっと〜〜〜に申し訳ありません!十代目!」 「い、いや…獄寺君が謝る事じゃないよ。それより大丈夫かな雲雀さん。珍しく引き止められなかったけど」
「でも最近やけに雲雀に絡まれてるよな〜獄寺って。何かあったのか?」
「何もねぇから訳分かんねんだよアイツ!よっぽど俺の事が嫌いなんだろ」

フンと野球バカに返したところで十代目が小さく「そうかなぁ…」と呟かれた。

「へ?」

思わず間抜けな声を上げて十代目のお顔を見てしまった。きっと声だけでは無く間抜けな顔をしていた事だろう。

「ううん。ごめんね、何でも無いんだ。でも獄寺君怪我だけはしないように気を付けてね」

心配気にそして優しいお顔で此方を見られて思わず照れてしまう。
はぁ〜オレの心のオアシスだ。あんな訳の分からんヤツに絡まれた後とあっては十代目に余計に癒される。
少し気持ちが回復した所で担任の教師が教室内へと入って来てHRに次いで一限目の授業が始まった。

いつものオレであればこんな気分の日にはどこか適当な場所でサボるところだが、最近(どうやって嗅ぎ付けるのか)必ずと言っていい程そのサボり場所へヒバリがやって来る為、授業中自席で本を読んで過ごすことにした。

シャマルの部屋から暇つぶしにと持ち出していた医学書を堂々と机の上に出して読み出す。
今更この学校レベルの授業を聞く必要など全く無く、最近では教師も諦めている為、静かにしていれば注意を受ける事もなくなっていた。
そうして取り出した本を読み始めたところで教室内に設置されているスピーカーから微かなノイズ音に次いで、今最も聞きたくない声が聞こえてきた。

「2-A獄寺隼人。至急応接室に来るように。来ない場合は…周りの草食動物を順次咬み殺していくからそのつもりで」

ありえない事を言うだけ言ってスピーカーのスイッチが切られる。
教室内は水を打ったようにしーんとしていて…十代目がまたもや心配気な顔で此方を振り向かれている。
そしてその静寂を破ったのは野球バカだった。

「獄寺ぁ〜、どうすんの?何だったらオレが付いて行ってやろうか?」

冗談。お前の付き添いなんていらねぇよ。と、いつもなら即答するところだがヒバリと二人きりよりマシなんじゃないかとか思わず考えてしまった。
妙に魅力的に感じてしまうその提案を心の中で振り切り、山本を無視して席を立ち十代目に御挨拶をする。

「十代目。ちょっと行ってきますね」

何か言いたそうな顔をされた十代目だが、結局「気を付けてね」という励ましのお言葉を口にされ、あとは気遣わしげな視線を受けながら教室を出た。

きっと放送を無視して応接室に行かなければヒバリ直々にこの教室に乗り込んできてトンファーを振るうはずだ。
そうなれば十代目に累が及ぶ事は必至。

応接室に赴いてやり合ってもきっとまたやられてしまうのだと最初から考えている自分が情けない。
此処一ヶ月を振り返ってみてもあまりに一方的に敗北を喫している為に全く勝てるとは思えない。
だからと言って易々と屈するつもりも全く無いが…。

授業中の為誰も居ない廊下を歩んで応接室へと向かう。
応接室の扉の前に立ち一つ深呼吸をすると咎められる事を覚悟のうえでノックも無しに勢いよく扉を開く。
正面に設置されている執務机の後ろの窓から外を眺めていたらしいヒバリは振り向くと全く読めない表情でこちらへとやって来た。

「全く礼儀がなってないね。ノックもせずに扉を開けるなんて…」
「オレだって礼儀を尽くすに値するヤツが相手ならそれ相応の立ち居振る舞いってのをやるけどな。あいにくそんな相手じゃないようなんで」

ギロリと此方を睨んだヒバリは溜息をつくとオレに室内に入るよう促してきた。

「何の用だよ。…まぁ、どうせまた下らない説教だろうけどな」
「今朝の服装検査の事だけど、アクセサリー外したくらいじゃ駄目なの分かってるよね?ネクタイしてないうえに、襟元開きすぎ。ベルトも何?その装飾。あと髪の毛も長すぎる」

ヒバリは一息にそう言うと素早い動きでオレの胸ぐらと後ろ髪を掴む。

勢いよく掴まれた後ろ髪のせいで仰け反りながら、オレの中で何かが切たような音がした。
わざわざ授業中の放送を使って呼び出してまで言うような事か!?
他の生徒だってこれくらいの違反をしているのは大勢居る。

そんなに気に食わないなら、とヒバリの腕を振り払い、執務机の上にある物を取る為に部屋の奥へと進む。
机上のペン立てに収められていた鋏を取り、もう片方の手で自らの髪の毛を一掴みにして鋏を差し入れようとした瞬間、後ろから物凄い力で両腕を掴まれた。

「ちょっと!何してるの!?」

珍しく慌てたようなヒバリの声。
こいつでもこんな声出すんだな。と思ったのも束の間だった。
…「何してるの!?」は無いだろう!

「目障りらしい髪の毛を切ろうとしただけだろ…何で止めるんだよ…お前が長すぎるって言ったんだろうっ!」

もう、やだ。こいつ訳分かんねぇんだもん…。
ムカついて、悔しくて涙が滲む。

背後から腕を掴まれているのがイヤで滅茶苦茶に暴れてその拘束を解こうともがくがビクともしない。

その挙句首に鋏が当り微かな痛みを感じたが、それ以上にヒバリに拘束されていて自分の力では振り解けないでいる事にムカついて益々涙が溢れてくる。
必死に堪えてはいるがもうすぐにでも零れ落ちそうになっているのが分かった。
こいつの前で泣くなんて絶対にイヤだ。
そう思っているのになかなか治まらない。

暴れるオレを背後から抱き締めるようにして更に拘束を強くするヒバリ。そう体格は変わらないはずのコイツに本気でこられると身動ぎする事すら敵わない。

オレは暴れて拘束を解くのが無理だと分かり動きを止めた。
溢れそうになる涙を大きく息を吐いて何とか散らそうと努める。

「危ないから鋏を放して」

大人しくなったオレにヒバリも少し力を緩め鋏を手放すよう促してきた。
ここ最近人の事をトンファーで滅多打ちにしていたヤツの台詞とは思えないが、言われた通りに鋏を手放した。
ゴトリと鈍い音を立てて床に鋏が落ちる。

既に暴れる事を止めているにも関わらず一向に解放されない為、オレからも声を掛けた。

「お前もいい加減放せよ」
「首の傷…手当てするよ」

また訳の分からない事を言い出した…。
なんでヒバリに傷の手当をされなきゃいけないんだよ…。

痛みもあまり感じ無いので大した傷ではないはずだ。シャマルに言って駄目だったら自分で手当てすればいい。
ここでコイツに治療してもらうよりは百倍マシだ。

「保健室に行く」

ヒバリの有難くも無い申し出を断り、応接室から出て行こうとするが拘束が解かれる気配は無い。
それどころか一旦緩んでいた拘束が更にきつくなったような…?

「ここで手当てする。…そうしたら、もうわざわざ君だけに違反を注意するような事はしないから…」


は…?何だ?その交換条件は…?

呆気に取られて思わず涙が引っ込んでしまった。
何を企んでいるのかは分からないが、それでこの一ヶ月付き纏われていたコイツから開放されるのならお安い御用だ。
絆創膏を貼る位やらせてやろう。

ヒバリはオレを応接室のソファに座らせると色々と治療の為の道具を揃え始めた。
救急箱をテーブルに置くと応接室内の目立たない場所に設置されている小さめの冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを2本取り出し、これもどこからか取り出したタオルを濡らした。
ホントここには何でもあるな…と妙な感心をしていたオレの隣にヒバリが腰掛け(その妙に近い距離にオレは何だか落ち着かない)開けてない一本のボトルと濡れたタオルを差し出す。

「目、冷やした方がいいよ」

どうやら先程零れるのを必死に堪えていた意味もなく、涙を浮かべていた事を悟られていたようだ。

奪い取るようにしてタオルだけを受け取って、すぐにムカつきと恥ずかしさで赤くなった顔を隠すようにタオルを押し付けた。
冷えたタオルが、ひんやりと顔の火照りと共に心まで落ち着けてくれるようで…、大きく息を吸い込んでいた時に急に首筋に冷たい物を宛がわれた。
突然の事に思わず大きく体を震わせてしまう。

「ごめん。冷たかった?…結構血が出てたから拭いてるんだけど…どうやら血は止まったみたいだね」

冷えたタオルを傷口に押し当てられた後少し浮かして傷の具合を確かめられたようだ。
冷たい感触に驚いたが、それよりもヒバリが素直に謝罪の言葉を口にしたのにも驚いた。

ちょっと気になって顔を覆っていたタオルを外しそっとヒバリの方を窺うと、うなじ辺りの傷口を見ている為どんな顔でその言葉を発したのかは確認出来なかった。
しかしそのついでに視界に入ったオレのシャツは、かなりの範囲が真っ赤に染まっているのが見えた。
傷口は首の後ろ辺りなので見る事は出来ないが思ったより血がでていたようだ。
ぼんやりと自分のシャツを見ていたが、ふと顔を上げたヒバリと視線が合う。
近距離で絡まった視線に思わず大袈裟な動作で顔を反らしたが、そのせいで傷口がズキリと痛んだ。

「じっとしてないと…ほら、また血が出てきた…」

散々人を打ってきたトンファーを操る手とは思えない程優しげな所作でまた傷口を押さえてくる。
手だけではない…声も今まで聞いた事が無い優しい声だ。タオルで顔を覆って聞いていると心地好く響いてくる。
これが最近最も聞きたくなかった声とは思えない程に…。

なかなか収まらない顔の火照りを収めようとタオルを強く顔に押し当てるが温んだそれではなかなか熱が引かない。
ヒバリはまたしばらくタオルで傷口を押さえた後ようやく救急箱の中身に手を伸ばした。
中から消毒液が取り出されるのを見てオレは身構えた。

「いらねぇよ。そんなの。絆創膏だけ貼ってくれればいいから」
「何?…沁みるのが嫌とか、そんな事言わないよね?」
「んな訳あるか!」

思わず勢いで答えてしまい脱出の機会を逃してしまった…。
消毒液…実際は沁みるし、余計に痛いしで好きではない…が、これ以上ヒバリに醜態を晒すのは御免だった。
脱出が出来ないのなら絶対にみっともない声を上げたり、体を震わす事が無いようにしようと、ギュッと全身を強張らせて備える。しかしその行動を見破られたらしく、隣でヒバリがクスリと笑ったのが分かった。軽い怒りと羞恥で、また上昇する体温を自覚しながらソファから立ち上がる。

「やっぱ、もういい」
「ごめん。治療続けるから座って」

部屋を出ようと足を踏み出しかけたところで手首を掴まれ、そのまま腕をくんと下に引かれると、大人しく先程の位置に逆戻りだ。
いつもみたいに乱暴に、強引に出てくれるといいのだが、こんなに穏やかなヒバリに対すると自分の反応までおかしくなってしまう。
先程髪の毛を切ろうとした時に拘束されたのとは違い、力なんて殆ど篭っていない。
それなのにどうしてだか大人しく従ってしまう。

「…っ!」
「ごめんね。沁みた?」

ぼんやりと考え事をしていた途端、首に刺激を感じて思わず身動ぎしてしまった。そしてまたもやヒバリがあっさりと口にした謝罪の言葉が気になり思わず口に出してしまった。

「お前でも謝ったりするんだな」
「…何それ?君、僕の事どういう風に思ってたわけ?僕だって感謝の気持ちや謝罪の気持ちを表す事くらいあるよ」

ソファに斜に腰掛けて、オレの背中側に座っているヒバリの表情は見えなかったが口調から憮然としているのは窺えた。
自分のやる事の全て、何もかもが正しいと思っているような、この唯我独尊男が、感謝や謝罪の気持ちを持つ事があるというのが信じ難い事であった。
だがつい先程実際に耳にしてしまったのだからヒバリの言う事は正しいのであろう…。
「なぁ…なんでお前最近妙に絡んだんだ?…オレ、何かした…?」

思わず穏やかなヒバリの様子に負けて問い掛けてしまった。
ヒバリからの返答は無いが続けて問う。

「オレの事が気に食わないからだと思ってたけど、傷の手当てしてくれたり…一体お前何考えてるんだ?」
「君の事」

ヒバリが即答してきた事に思わずフリーズしてしまった。

「最近ずっと…いつも、君の事ばかり考えてる…ねぇ、どうしてかな?どうしてこんなに君の事が気になるんだろう?」

何でって…そんなんオレが聞きたい。
でも口に出すのは止めた。
嫌な予感がする…十代目の超直感には及びもしないが、なんだか嫌な予感がするんだ。

ヒバリは疑問系で話していたがオレからの答えが無い事を咎める事無く治療を続けていた。
ガーゼをテープで止めて、最後にそこをそっと掌で押さえられた。

「はい。おしまい」
「…どうも」

これでコイツから解放されたと思うと身も心も軽くなった。
思わず応接室からスキップしながら出て行きたいくらいだ…と、思ったオレに再びでっかい鉛玉が先に付いた足枷が!

「ねぇ。もう注意しないってさっき約束したけど…今度からサボるときはここに来なよ」
「は?」
「だって、僕が注意しなくなったら、僕達全く接点が無くなるでしょう?」

ヒバリは今まで見た事が無い表情で「…それは嫌なんだ」と、らしくなく小さな声で呟いた。


そうしてオレのサボり場所に「応接室」が加わった。
それをオレは寒くなる季節のせいにしたんだけど…暖かくなる頃にはどんな言い訳を見付けられるだろう…。




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今日の1859第21弾


2008.11.25 1859net

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