機嫌



毎日順調に草食動物を咬み殺していて、学校内の秩序は保たれている。
こんなに平和なのは最近無かった事で、理由としては校内一の問題児である生徒が最近やけに大人しいのが一番の原因だと思われる。
その生徒はもともと目立つ容姿であるのに加え、やたらと装飾品でその身を飾り立て、中学生であるのに校内で喫煙。挙句サボりの常習犯でもある。
朝の服装検査時、授業のサボりに喫煙と注意する事がすでに日常と化していた。

しかし、近頃ではあの意味の分からない装飾品も身につけず、数あるサボり場所の何処にもその姿を見掛ける事は無くなり、当然それに伴って喫煙している所も見なくなった。
手加減無しで咬み殺せて、そこそこ手応えのある手頃なおもちゃを無くしたような気がして、校内の秩序は保たれているというのに僕のイライラは日増しにひどくなった。

そして、僕のイライラが増すもう一つ原因がある…最近大人しい彼が近頃自分を見る時のあの目。
普段数多の視線を向けられる僕でも、一体あの視線にどういった感情が籠められているのか見当がつかない。
以前までの彼は真っ直ぐで分かり易かった…その視線で僕の事を気に食わないという事実を確りと僕に伝えてきていたから。



放課後恒例の校内の見回り中、図書室で眠っている彼を見付けた。
気配を消して近付くと、彼はピクリとも動かず、本当に無機質な人形みたいに見えた。
隣の席に音も無く座り、その顔に視線を合わせる為自分も机に顔を付けて観察してみた。

いつも騒がしい彼は、今はそんな事全く無いって顔をしていて…あまりに静かなので思わず本当に息をしているのか、手の平を彼の顔に近付けて呼気を確認してしまった程で…当然手の平に彼の繰り返す呼吸の感触は伝わって、確かに生きているという事を僕に伝えてきた。

でも、マフィアとか言うのはこんなに人の気配に疎くて務まるようなものなのだろうか…。
僕が隣に座って、顔のすぐ側に手を近付けているというのに、全く起きる様子は無い。

手を引いて再び彼の顔を見る。
睫毛まで銀色というのが、普段僕が見慣れている色と違っていて不思議な感じを僕に与えていて、そして益々彼を作り物めいた感じに見せていた。
しかし、やはり彼は作り物なんかでは無く呼吸をしていたし、たった今、陽が落ちてきて寒くなってきた為か小さくくしゃみをした。

先程まで確りと閉じられていた銀色の睫毛に縁取られた瞼が震えてゆっくりと開かれる。
現れたエメラルドの瞳は僕の方を見ているんだけど誰だか分かってないみたいで、感情の籠もっていない瞳でしばらくジッっと僕の目を見ていた。
綺麗な色をしたその瞳を僕も見る。
こんなにお互い何も言わずに目を合わせていられるなんて、今までの僕達の関係からは考えられないが、その原因は彼が寝惚けているから…、気付いた時の彼の反応を楽しみにしている僕がいた。

そして、気付いた彼の反応ときたら…。
ようやくその瞳が驚愕に彩られた瞬間、彼は椅子から転げ落ちてしまった。

自分で勝手に凝視しておいてそんな驚き方は無いんじゃないだろうか?
でも、わたわたと落ち着き無く床で慌てている彼は、なんだか少し前までの…様子がおかしくなる前の彼みたいだった。
そこで僕は近頃疑問に思っていた事を彼に聞いてみる事にした。

「君さぁ…最近おかしくない?」

彼は床に座ったまま僕の方を驚いたような顔で見上げた。
しかしすぐにその顔を俯かせると何も喋らず黙ったまま固まっている。

「ほら、また。前はうるさいくらいに突っかかってきたくせに最近随分と大人しいし、僕の事避けてる割にはやたらとこっち見てるよね。一体何企んでるの?」

返事が無い事に焦れた僕は我慢できずに彼をせっついた。
彼は一度顔を上げたが、何故だか泣き出す寸前みたいな顔をしていて…僕はそれに一瞬たじろぐ。
だって近頃全く彼らしくないと思っていたが、まさか僕の前でこんな顔をされるとは…。
弱いくせにいつだってその瞳は真っ直ぐに僕を射抜いていたのに、今は本当の草食動物みたいに弱々しい目をしていた。

蹲っていた彼は急に立ち上がって僕に背を向けた。
逃げようとする彼の手首を掴む。

「ちょっと!…本当にどうしたの?」

僕の問い掛けに応える事無く、彼は僕の拘束を振り解いて図書室を出て行ってしまった。
力づくで逃げ出さないようにする事は出来た…でも、それをしなかったのは、いつものらしくない彼に僕が戸惑ってしまったからだ。
彼が僕に向ける視線の意味を知る事は出来なかった。

思わず掴んだ彼の手首の熱さがいつまでも僕の掌に残っていた。

それからも彼の態度も視線も相変わらずで、僕の日々の思考のうちの何割かは「彼の事を考える」という事で占められいた。
そうしてその事に気付いて僕のイライラは更にひどくなっていった。




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今日の1859第26弾


2008.12.9 1859net

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