二人とヒバード



並盛中屋上の更に上、給水塔に仰向けになっていた雲雀は、心地よい陽気の中まどろんでいたが、微かに聞こえる人の声に目を開けた。
生徒が出席しているはずの授業中に自分の睡眠を邪魔した不届き者…その不届き者を咬み殺そうと身を起こしたところで更に声が聞こえた。

「おいで…」

この声…。

聞き覚えのある声に、そっと下を覗くと屋上に腹這いになっている男子生徒が居た。
校内で他にいない色をしたその頭髪は日の光でキラキラと輝いていて雲雀の瞳に眩しく光を反射している。
ちょうど真上辺りから覗いている為その顔を窺い見る事は叶わないが、エメラルドグリーンの瞳もいつもより明るい色で輝いているであろう事を想像すると思わず笑みが浮かんでしまう。 雲雀に対しては常に噛み付くような態度しか取らない彼・獄寺隼人が、雲雀が初めて聞く穏やかな声を出している原因は、最近自分の側に居つくようになった鳥を相手にしている為だった。

屋上の床の上をちょこちょこと歩いている鳥を何とか手懐けようとしているところらしく、集中している彼は此方に全く気付かない。
そしてそれをちょっと悔しく思っている自分に苦笑するが、しばらく獄寺の行動を観察するべく声を出す事は堪えた。

「う〜ん…来ないな…ほらパン食べるか?」

持っていたパンを小さく千切り、撒いてみるがやはり鳥は獄寺の方に近付かないし、パンを啄ばむ事も無い。
それはそうだ。他人から餌を貰うような躾け方を雲雀はしていない。
しかし鳥も獄寺に興味があるのか、飛び立つ事は無くウロウロとしていた。

「手強い…」

獄寺はそう呟いたっきりしばらく大人しく鳥を眺めていた。
もう頃合かな?と思い、彼の意識を此方へ向けさせるべく行動を起こそうとした所で、獄寺が更に鳥に向かって話し始めた。

「そうだ…お前歌上手だろ?…歌ってみろよ?…ほら…」

次いですぐに聞こえた並盛中の校歌…鳥の声でもないし、もちろん自分の声でもない…。
全くもって自分らしくないが、驚きで思わず動きが止まる。
どうやら鳥に歌ってもらう為に獄寺自ら歌い出したらしい。しかしその歌は出だしからしばらくした所で止められてしまった。

「歌も歌ってくれないのかよ…飼い主に似て愛想の欠片も無いヤツだな」

つまらなそうな彼のその台詞を聞いたところで雲雀の止まっていた思考と体が動き出した。
給水塔を蹴り彼の目の前に降り立つ。
突然目の前に現れた雲雀に対して獄寺は心底驚いたようで…腹這いになったまま雲雀の顔を見上げた状態で固まってしまった。

「やぁ」

そう声を掛けるとビクリと体を揺らし、自分の今までの行動を思い出したのであろう、みるみる顔を赤らめていった。
また、喧しく噛み付いてくるかと思っていたがその予想を裏切り素早く起き上がったかと思えば、くるりと踵を返し屋上から立ち去ろうとした。

「待って」

逃がすまいと手首を掴む。
抵抗する体ごと捕らえ此方へ向けると真っ赤な顔のまま雲雀を睨む。
ようやく自分に意識を向けた獄寺に、雲雀は自分の心が高揚するのを感じた。

「離せよ」

放った言葉にいつもの威勢のよさは無い。
雲雀はその獄寺の言葉を無視して、先程降り立った際に自分の肩にとまった鳥を自らの指先に移した。
そのまま小鳥がとまった手を獄寺の目の前に翳す様にして差し出しすと、自分とほぼ変わらない目線、綺麗な緑の瞳に小さな鳥が映るのが見えた…そうして雲雀は彼の瞳に住まうこの小鳥を羨ましく思ってしまう。
鳥を目前にした途端、険しかった表情は消え、掴まれた腕を解こうとする抵抗も止んだ。
その獄寺の手をそっと取り指先を近付けると鳥が雲雀の意を汲んで獄寺の指先へ移動する。
小さな足でしっかりと獄寺の人差し指にとまった鳥の背中を雲雀が軽く2度つつくと、小さな鳥は顔の幅いっぱいの口を開けて先程獄寺が歌ったのと同じ歌を歌い出した。

まるで幼子のような表情で鳥に見入る獄寺に、雲雀は自然と笑みが零れるのを自覚したが、それを相手に気取られらないように気を付けた。
笑えばきっと獄寺は鳥の事等構わずにここから逃げ出してしまうだろう。
自分は彼が去って行く事を望んではいない。
初めて持ち得た彼との穏やかな時間がなるべく長く続くように努めている…群れる事を何よりも嫌悪する自分が取るこの行動の意味を誤魔化す事は出来そうになかった。
鳥が歌い終わってしばらくお互い何も言わずに雲雀は獄寺を見て、獄寺は鳥から目を離さない。
見られていると分かっている為か視線合わせようとしないまま、獄寺がようやく口を開いた。

「さっきの聞いてたのかよ?」
「さっきのって?」

聞かれている事が何の事だか分かっていたがとぼけて聞き返してみる。

「いや!聞いてないんならいいんだ」

慌てる獄寺の反応が可笑しくて、雲雀はつい、からかいたくなる衝動を抑えられずに、その心の動くまま口を開いた。

「校歌歌ってた事?」
「聞いてんじゃねぇか!」

想像した通りの反応、そして面白いように顔色が真っ赤になるのを目の前で見た雲雀はとうとう堪えきれず声を出して笑ってしまった。
驚いたのは獄寺である。
あの雲雀が屈託無く笑う様を至近距離で見てしまい、驚きの余り思考と動作が止まる。

目尻にうっすら浮かんだ涙を拭いながらようやく笑いを収めた雲雀は、普段風紀委員にして不良の頂点に立ち、傍若無人な態度で世の中全てを睥睨している男とは思えない穏やかな表情で獄寺を見詰めている。
獄寺は居た堪れなくなりその場を去ろうとするが先程からずっと雲雀に手を取られたままであった。

困惑する自分の姿を雲雀の瞳の中に見付け、三度赤くなる顔を逸らす。
そして、その赤く染まった横顔から雲雀はいつまでも視線を外す事が出来なかった。




main



今日の1859第27弾


2008.12.13 1859net

inserted by FC2 system