独占欲



「獄寺…大丈夫?」

普段聞いた事も無いような…いかにも心配しているというのが分かる調子で声を掛けられ、目を開けるのが辛いくらいだったがなんとか瞼を上げる。
横向きに寝ていたので、すぐには声の主の顔が見られなかったが、声の主がオレの顔を覗き込んできた事によりその顔を確認する事が出来た。


「…ヒバリ」

熱い息と共に吐き出した声は喉に絡み付いて掠れていた。
汗で湿った額に貼り付いた髪の毛をひやりと冷たいヒバリの指が掻き分け、そのまま掌を額に押し付けられた。
心地良い冷たさに細めかけた視界にヒバリの顰め面が映る。

ヒバリはオレの額から手を離すと持ち込んだビニール袋から様々な物を取り出し始めた。
まずは額に冷却用のシートをペタリと貼られ、次いでスポーツドリンクの入ったペットボトルを手にオレの背に手を差し入れて身を起こさせた。
市販の風邪薬を幾種類も袋から取り出したヒバリに思わず呆れたような視線を向けてしまった。

「薬、適当に買ってきたんだけど、もう飲んじゃった?」
「…いらない。寝てれば治るし…」
「いいから何か飲みなよ…それとも無理矢理飲まされたいの?」
「…シャマルが薬持ってくるから…」

オレの言葉を聞いた途端、ヒバリの眉が跳ね上がる。

「どうして彼が来るのさ?…まさか僕には連絡を寄越しもしなかったくせに、あの人には連絡したんじゃないだろうね」

此方を鋭い眼光で睨んでくる雲雀に、このまま高熱で蒸発してこの場から居なくなりたい気持ちになった…。

ヒバリは、日頃からその名を聞かない日は無い10代目や、一方的な交友の山本については面白くないにしてもまだ我慢しているようだ。
しかしこれがシャマルとなると話は違ってくる。 ちょっとでもオレがアイツの事を口に出そうものなら不機嫌になりまくりだ。
一体何がそんなに気に食わないんだ?と一度尋ねた事があった。

「沢田綱吉は本当に憧憬のみ。彼とどうこうなる何ておこがましく思う君は、絶対彼と関係するなんて考えられない。
山本武の場合は、言い寄ってこられても隼人に全くその気が無いし、例のファミリーの事があっての仕方無い付き合いだけ。
あっちが変な手段に出ない限りは大丈夫。もっとも切羽詰まったら何し出すか分からないから向こうに対する注意は必要だね。
…ただあの医者はいただけない。唯一双方から矢印が出る恐れがある」

と、妙に真剣な面持ちで述べられてしまった。

そんな話に10代目を持ち出した事を咎め、校内にそう幾人もホモが居てたまるか!と返したのは最近の話である。
シャマルは無類の女好きだという事を何度言っても聞きはしない。
シャマルに膝を付かされた事をいまだに恨みに思っているんじゃないかと思わず口に出しそうになったが、それを言うとオレがトンファーの餌食になるのは分かっていたので、寸での所で留めておいた。

今日学校を休むという事は10代目にのみお伝えしただけでヒバリにもシャマルにも連絡していない。
実はシャマルが薬を持ってきてくれるというのはオレから連絡したワケではなく、珍しくシャマルから連絡があったからなのだ。

今朝通勤前に彼女(多数いる女の中の一人)の家から自宅へと帰ったところで鍵が無いことに気が付いたらしい。…本当に凄腕の殺し屋なのか怪しい体たらく。
すでに生徒の登校時間を過ぎていたので朝帰りのまま学校へ直行し、オレが持っているシャマル宅の鍵を借りようとしたが、10代目からオレが欠席している事を聞いてオレに連絡してきたのであった。
幾人もいる女の所から勤務先へと直行し、鍵まで無くしたエロ医者を一頻り詰った後、オレの持つ鍵と薬のトレードという事で話がついた。

学校での仕事が手すきになり次第、家に来るという事だったのだがタイミング悪くシャマルが家に来る前に、どうやってオレが風邪をひいている事を知ったのかは不明なヒバリの方が先に家に来てしまった。
オレは別にやましい事をした訳でもないのにしどろもどろヒバリに言い訳というか弁解というか…とにかくそんな感じの事を口にした。
焦って説明するがヒバリの眉間の皺が解除される事はなく…むしろ益々機嫌が悪くなっているような気がする…。
熱のせいで上手く回ってくれない頭がもどかしく、ただでさえ熱い体が益々熱くなってきたような気がした。
それを自覚した途端に、胃からせり上がってくるむかつきを感じて口元を押さえる。

「ちょっ…大丈夫!?」

慌てヒバリがオレの背中をさすってくれた。
ここ数日食欲が無く飲み物以外のものをあまり口にしていなかった為、実際に戻しはしなかったが、短く荒い息がなかなか収まらない。

「もういいから横になって」

ヒバリに背中を抱え込むようにして支えられながら、空いた手でそっと肩を押されて横になった。
しばらくすると吐き気も呼吸も落ち着きヒバリの方へ顔を向けると、先程の不機嫌な表情では無く心配そうな顔が窺えた。

コイツと付き合い始めて1ヶ月と少し…ヒバリから想いを告げられてからの関係ではあったが基本的にオレに対するヒバリの態度はそれまでとそう大差ないものであった。
相変わらず気に食わなければ「咬み殺す」だし、喧嘩となれば容赦無いしオレも本気で応戦する。
以前と変わった所といえば時々二人きりの時に…その…えっと…キ、キスするようになったくらい…だ。

まぁ、そんな感じの関係なので、コイツ本当にオレの事が好きなのか?って疑う事も多々あったのだが、今のこの心配そうな顔を見た後ではそれが杞憂であった事を気付かせてくれる。

「ヒバリ…ありがと…」

いつもは素直じゃないオレもヒバリのこんな顔を見た後ではすんなりと感謝の気持ちを伝える事が出来た。
ヒバリは優しい笑みを浮かべて汗で額に張り付いた前髪をそっと掻き分け、その手を額に置くとオレの瞼に唇を寄せてきた。オレはその口付けを受けようと目を閉じる。



「隼人〜生きてるかぁ〜」

突然寝室の扉を開く音と共に聞こえたその声に反射的に起き上がりヒバリに頭突きをかましてしまった!
痛って〜っ!!
涙目でヒバリの方を窺うと前髪で隠れているせいで表情は見えないが…見なくても怒りのオーラが漂っているのは分かる…。
シャマルはと言うと…この男にしては珍しく扉を開けた状態でフリーズしていた。

「ねぇ…何で彼が勝手にこの家に上がり込めるワケ?」

さ、寒〜い。
部屋の気温が一気に氷点下って感じだ。俯いたままで言っているのがまた怖い。
いや…それより…

「ちょっと待て…ヒバリ…お前こそ家にどうやって入った!?」

そうだよ!今まで気付きもしなかったが、鍵を持たないコイツこそ何故家に上がっているんだ?鍵を持っているシャマル以前におかしいだろ!

「僕?…だって僕はほら、並盛は顔パスだからね」

ようやく顔を上げたと思ったら黒い笑顔を向けられてしまった…。
コイツぜってぇ管理人脅しやがったな…勘弁してくれよ…ただでさえこんなナリの中学生の一人暮らしで目を付けられてるって言うのに…。
あ〜益々頭痛くなってきたぜ…。

「安心して獄寺。管理人にはよくしてくれるように、宜しく言っておいてあげたから」

追い討ちだよ。

「ところでそこの医者。まだ質問に答えてもらってないんだけど?」

矛先を向けられたシャマルは数多いる女同士が鉢合わせた時よりも焦った風に見えた。

「…い、いや…オレも管理人に…」

シャマルは全く見え見えの苦しい言い訳をしているが、ヒバリはきっと分かっているんだと思う。
分かっていてあえて追い詰めているんだ。ホント性格悪い。
オレ、一体コイツのどこに惚れたんだろう?

「隼人!すまん!」

とうとう言い訳を諦めたらしく薬の入った袋をオレの方へと放ると踵を返して出て行った。
いや、お前は悪くないよ…と思いながら、恐る恐るヒバリを見るとやはりニッコリと黒い笑顔を浮かべていた。

「どうやら自分が誰のものかっていう自覚が足りないみたいだね。風邪が治ったら覚悟しててね」

更なる眩暈を覚えオレはきつく瞼を閉じた。
こんなに治したくないと思った風邪は初めてだった。



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今日の1859第31弾


2009.1.7 1859net

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