存在理由



やけに白さばかりが目に付くその部屋で目当ての人物は、やはりこれも白い包帯にその身を包んでベッドに横たわっていた。

ベッドの側に近寄り彼の顔を真上から覗き込む。

僕が見ることを望んでいた彼の緑の瞳は、片方は閉じられた瞼に、片方は眼帯によって遮られ、見る事は叶わない。
しかし(機械の助けを受けてではあるが)曇る酸素マスクに、微かに上下する胸を見て安堵の息が漏れた。

今現在、体のあちこちを包帯で包まれ、色んなチューブに繋がった針を腕に刺して、という痛々しい姿でベッドに横たわる彼…獄寺は、彼が慕って止まない彼のボスに随行して買収予定である地方のカジノの視察に出掛けていた。
そしてその視察先で敵対勢力に襲われた…と、彼のボスである沢田からの鳴き声混じりの電話による報告を受け、僕はすぐにこの病院に駆け付けた。

僕が中学の頃から獄寺の事を好いているというのを沢田は知っていて、色々と便宜を図ってもらう代わりに僕は彼の組織に協力するという事で個人的に協定を結んでいた。
今回その協定に則ってだか、パニックに陥ってだかよく分からないが、彼は僕に電話を掛けてきて…嗚咽交じりに何度も謝った。

『…ひ、雲雀さ…ん。…ごめんなさい…獄寺くんが…』

僕は今まで25年間生きてきてこんなに自失した事は無かったと思う。
血の気が失せるとはまさにこの事で…最悪な報告を垂れ流す忌まわしい電話を片手にしたまま、思わずふらついてしまい壁に手を付いてしまった事は、獄寺の生存が確認出来た今となっては思い返しても腹が立つ失態だった。
しかし、沢田からの報告を最初に聞いた時、僕は本当に獄寺を失ってしまったと思ったのだ。
その距離をもどかしく思いながらも駆けつけた病院で実際は永遠の別れなんかではなく、大怪我を負ったという事を聞いて、再び全身から力が抜ける程の安堵を体験した後、紛らわしい報告を寄越した沢田をトンファーで殴ってやった。

僕が来る少し前に一度目を覚ました獄寺の第一声は『…じゅうだいめ…ごぶじですか?』という何とも忠誠心に溢れる、そして彼ならきっとそう言うだろうと、予想通りの言葉だったらしい。
獄寺は中学生の頃から沢田の事を慕っていて…実際に沢田の為に自らの命を顧みる事なくその身を犠牲にし、幾度も命を落とし掛けた事があった…と言うか現在進行形で今日までそれは続いているし、きっとこれからも続くのだろう…。

一度は彼が師事している(僕の嫌いな草食動物ベスト3に入っている)医者が諭して、マシになった事があったようだが、その後沢田が死んだ未来を知ってからというもの、再び彼の行動は沢田至上主義に逆戻り…いや、以前よりひどくなった。

今回の大怪我も沢田の盾になって負ったものだったし、大量の出血に、みるみる蒼くなる顔、だんだんと間遠になる鼓動、冷たくなる指…獄寺の手を握っていた沢田は本当にもうダメだと思ったらしい。
確かに僕が沢田と同じ状況になったら、僕も取り乱したと思う。今なら泣いて電話を掛けてきた沢田の気持ちが少し分かる。

何だってこう自分の命を粗末に出来るのか…もっとも、彼のその曲げない…曲がらない性格も僕が惹かれたところではあるが…それも彼が生きていたからこそ思える事で…。

なんて見るとはなしに彼の顔を見て考えていると、彼の小さな呻き声が僕の耳に飛び込んできた。
眼帯に遮られていない片方の瞼がぎゅうっと更に閉じられて、数回震えるようにしてからゆるりと開かれた。
視線は定まっていないが、開かれたそこには僕が独占したいと望んで止まない緑の瞳が確かに確認出来た。
僕はそうやって彼の生きているという証を一つずつ確認するごとに体と言うか、心と言うか…とにかくよく分からないが自分自身の何かが軽くなっていくような感覚を覚えていた。

獄寺は彷徨わせた視線の先に僕の姿を認めると、「ヒバリ」と呟いた…もっとも、彼の体調のせいか、呼吸を補助する為のマスクのせいか、それともその両方のせいか、実際に音が聞こえた訳ではなく、彼の唇が僕の名前を象ったのが分かったのだ。
僕の名前を呼んでくれた事を嬉しく、そして彼の声が聞こえなかった事を少し残念に思いながら、僕は彼の額に手を伸ばした。
額も包帯で覆われていたが、そこに掛かる髪の毛を払うようにして梳くと彼はまた目を閉じてしまった。

彼の瞳がかくれて、心で思っていた事がするりと僕の口から音となって出ていた。

「どうしてもっと自分を大切にしないの?」

再びゆっくりと瞼を持ち上げ、獄寺が僕の方を見た。
僕は今度は彼の瞳を確りと見ながら同じ問い掛けをしたが、彼はその問いに答えることなく、天井へと視線を転じた。
僕が彼からの回答を諦め掛けた頃、ようやく彼がぽつりと呟いた。

「…自分を大切になんて…どうしていいか…分かんねぇし…」

微かながらも聞こえた彼の声。
しかし、中学生の頃から成績は常にトップ。沢田の右腕となった今でもその切れる頭脳は他のファミリーに知れ渡っていて…そんな頭脳明晰な彼がこんな簡単な事も分からないという。
彼の姉や、僕の嫌いなあの医者、慕っているボスに、その仲間、みんな彼のこんな性格を案じているというのに…周りがどんなに言って聞かせても幼い頃からの環境と、沢田がいない未来を見てしまった彼には無駄なのだ…それでも僕は言わずにはいられなかった。

「君が傷つくと僕は悲しく思うよ。……ねぇ…それじゃあ君が自分を大切にする理由にはならないかな?」

僕の願いが叶えられない事は、彼の困ったような顔を見るまでも無く分かっていた。

僕が彼の事をどれだけ大切に思っているか…彼が僕のこの感情を本当に知ってくれたら…彼も少しはその意味を分かってくれるのではないだろうか…。
この身の何処かを裂いてその思いを取り出し、彼に知らしめる事が出来るのなら、僕は躊躇う事無くそれを実行するのに…そんな有り得ない事まで思ってしまった。

今日一度味わった…彼を失ったと思った時に感じた痛みに比べたら…そんな事きっと何とも無い事なんだ。
だから僕がこの身を裂いてしまう前に…どうか気付いて…。



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今日の1859第32弾


2009.1.13 1859net

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