最近だいぶ冷え込むようになってきて、僕の恋人は外でのサボりを控えるようになってきた。
あくまで控えるのは「外での」サボりであって、決して授業をサボる事を控えたりはしない。
で、最近彼がサボる場所として選んだのがこの応接室であった。

これまでは屋上で過ごす事が殆どだったが、近頃寒くなり始めてからは此処に来る事が多くなっていた。
此処は年間適温に保たれているし、ソファもある。
飲み物だってお菓子だってあるし、彼が気に入りそうな読み物まで常備してある。
でも、此処に来る理由に僕が居るからっていうのもあれば、すごく嬉しいな。

さて、上記の中のどの理由で彼が此処に今居るのかは不明だけど、今も彼はこの応接室でサボりを決め込んでいた。
此処での彼の特等席であるソファに横になり、背もたれ側に顔を向けて目を閉じたかと思うと、あっという間に眠ってしまった。

僕は、これも彼が此処でサボるようになってから常備するようになったブランケットを彼の上に掛けて、そっとその寝顔を覗き込んだ。
彼を起こさないように、ソファの空いたスペースに腰掛けるが、全く乱れない微かな寝息が彼が深い眠りに陥っている事を伝える。
応接室に入ってきた時からすでに瞼が落ちる寸前みたいな状態だったから相当眠かったらしい。
頬に掛かる髪の毛をそっとよけて、こめかみにキスを送ろうとしたところで、この穏やかな空気を途端に台無しにする大きな音が室内に響いた。

「恭弥!邪魔するぜ〜」

ムカつく能天気な声と共に、無遠慮に入り込んできたのは跳ね馬だった。
隼人に触れる寸前の顔を起こし、射殺さんばかりの視線を向けるが部下が居ないへなちょこバージョンの彼には効き目が無い。
(ちなみに、跳ね馬やらへなちょこというのは隼人が彼を語る際に使われる)

「静かにして」

不機嫌を声に滲ませて…いや、滲ますどころか、塗して言ったところで、ようやく跳ね馬が僕の傍らで眠る存在に気が付いた。
隼人は未だ微動だにせず眠っている。

「お?なんだ〜?」

側まで寄ってきて隼人を覗き込んだ跳ね馬が言う。

「可愛いな」

僕に聞かせて、僕の悋気を誘って面白がろうとしているのが見え見えだが、そうだと分かっていてもやはり僕は面白くない。
隼人の顔を隠すようにブランケットを引き上げる。

「何の用?と言うか、用が有っても僕には関係ないし、出て行って」
「相変わらず冷たいなぁ、恭弥」

気安く名前を呼ぶなと言ってやりたいが、口を利くのも面倒で無視する。
彼はやはり気にした風も無く勝手に応接室にある小さな冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出していた。

僕のイライラは最高潮に達した。
言っても聞かないのなら、実力行使。
そう思った瞬間だった。

「うわっ!」

本当に部下の居ないこの人を野放しにするのは止めて欲しい…。
彼は手にしたペットボトルの蓋を開ける事に失敗して、胸元から炭酸水を被っていた。
よくもまぁ、ああ器用に全ての水を引っ被る事が出来るもんだ。と、感心していると彼の上着のポケットから何かが転がり落ちた。
それは、仰向けになってジタバタ暴れているスッポン?だった。

「ま、まずい…」

慌てて跳ね馬がスッポンもどきに手を伸ばそうとしたが、何も無い所で躓いて側にあった花瓶を倒す。
派手な音を立てて花瓶が割れ、辺りに花と水が散乱。
彼が勝手に一人で行動しただけでこれだけの惨状だ…。

先程頂点に達したかと思った僕のイライラは更に増した…。

部屋の片付けなんかどうでもいい。
まずはコイツを片付けよう。
…そう思ったところで床に転がっていたスッポンもどきの様子がおかしい事に気付いた。

それは見間違い等では無く、みるみる大きさを変えていっていた。
そのスッポンもどきを見ている間に、跳ねが懐から鞭を取り出し、もどきに向かって振るう。

「馬鹿!こんな狭いトコで…!」

そう言ったところで間に合わない。
僕は慌てて隼人の上に覆いかぶさると彼の体をブランケットごと抱き締める。

容赦無く僕の背中やら頭やらに鞭が当る…。
地獄行き決定。

ようやく鞭が飛んでこなくなったので、隼人の上から身を起こすと、跳ね馬が自分で振るった鞭に絡まって床に倒れこんでいた。
ずいぶん咬み殺し易そうな格好だ。
巨大化するスッポンなんかよりも、まずコイツの処理をしよう。

「…ヒバリ…?」

さすがに先ほどの騒ぎで目を覚ましたのか、トンファーを手にして跳ね馬の方へと行こうとしたところで隼人が声を掛けてきた。

「おはよう。ごめんね。騒がしくて起きちゃったね」
「う…ん。…でも、結構、寝れた…」

なんて言いながらもやっぱり眠そうで…って思っていたら、急に目を見開いてある一点を見つめている。

「?…どうしたの?」
「な…なんで山の神がここに!?」

え?山の神ってあのスッポンもどきの事!?

「ヒバリ!下がってろ!!」

そう言ってソファから起き上がり僕を庇うように、僕の目の前に仁王立ちする隼人。
そして「臨・兵・闘・者…」なんて言いながら九字の印を切りだした。

ま、まさかタイトルの「印」って…。



main



2009.1.24 1859net

inserted by FC2 system