正夢



「隼人」

名前を呼ばれて振り返る。
声の持ち主を視界に入れた途端、思わず噴き出してしまった。

「ちょっ!…何だよその格好!?」

珍しい格好に笑いが止まらない…いつもの見慣れた、だらしない感じが微塵も無いフォーマルな姿。
しかし、冗談めかして笑ってはいるが、嫌味な程に似合っているその姿につい「格好良い」と思ってしまったのは内緒だ。

「髭まで剃って、まぁ…」

知り合って随分経つが、こんなにスッキリした顔を見たのは初めてだった。
思わず手を伸ばして、初めての感触を楽しむ…触れているのはオレで、しかも髭が無いのに妙に擽ったいような気がするのは何故だろうか…。
眉間に皺を寄せて、オレの手を払うシャマル。

「お前が今日くらいちゃんとした格好しろって言ったんだろーが。…それよりお前、準備出来たのか?」

準備?何の準備だって?…と、シャマルに言われて自分の姿を改めて確認…。

「な!?何だよ!?これっ!!?」

先ほどシャマルの格好を笑ったオレだったが、オレの格好の方がひどかった…。
姿見に映ったオレの姿は全身真っ白なタキシード姿で…胸には黄色の花が刺さっていて、まるで花婿を彷彿とさせるような…って、何でだ!?

「お、オレ…一体…?」
「おい、大丈夫か?…隼人?」

背中に手を回されシャマルの方に引き寄せらた。額にシャマルの大きな掌。
ガキの頃オレはコイツのこの掌が大好きで、…熱が出て苦しい時だってこうやってコイツの掌で宥められるのが嬉しかった。
今だってそれは変わってないはずなのに、今はその手もオレを落ち着かせる事は出来なくて…自分がこんな格好をしている経緯を全く思い出せず混乱していた。


「何やってるの?」

混乱した思考の中飛び込んできた低い声。
視線を向けるとシャマルの顎の下に鈍い銀色。
その銀色の持ち主はシャマルの背後に音も無く寄るという業を難なくやってのけていた。

「ヒバリ…」

シャマルの背後でトンファーを持つヒバリは…やはりオレやシャマルと同じくフォーマルな…と言うか…オレとは対照的に真っ黒なタキシード姿で…一体何故コイツもこんな格好を…?

「何度言えば分かるのかな?寄るな。触るなって」
「無茶言うなよ。今日は腕組んで入場するんだぞ」
「花嫁の父親役を式前に咬み殺すなんて真似、僕にさせないで。隼人がどうしても、って言うから特別に許可したんだ」
「へい。へい」

オレから手を離したシャマルが降参、と言った風に両手を上げる。
そこでようやくヒバリはトンファーを引き、先ほどシャマルがそうしたように…それより更に近くにオレを引き寄せた。

「大丈夫?」
「…ヒバリ?」
「うん」
「オレ達…」
「どうしたの?…あ、やっぱりドレスにすれば良かったって思い直したとか?用意はしてあるから今から着替えてもいいんだよ」

子供っぽい…しかし優しい笑みを浮かべたヒバリがオレの頭を撫でながら言った。

「…ドレスって?」
「君は嫌だって言ってたけど、もしかしたら翻意してくれるかもって思って用意してたんだ」
「…オレがドレスは嫌だって言ったのか?」
「…隼人?本当にどうしたの?具合悪い?」

ヒバリにそっと背中を押され側にあったソファに並んで腰掛ける。
オレの目の前の床にシャマルが片膝を突いてしゃがんだ。…折角の服が汚れるぞ、なんて全く関係の無い事を思っていたオレの手首を取ってシャマルが脈を取り始める。
今度はヒバリも文句を言うでもなく大人しくしていた。

「なぁ…なんでオレ達みんなこんな格好なんだ?今日何があるワケ?」

ヒバリとシャマルは二人で顔を見合わせた後、揃って驚いた顔をしてオレを見た。
どうやらとんでもない台詞を言ったらしいが、全く心当たりの無いオレはやけに居心地が悪い。
ヒバリがシャマルとは逆の手を取る。

「隼人…僕達今日結婚するんだよ」
「は?」
「僕達今日ここで結婚式を挙げるんでしょ。それで、この人は君と一緒に入場するって事になってたじゃない」

ヒバリ…お前の言ってる事が全く理解出来ない…。
まずよく考えてみろ。オレ達は二人とも男だし、シャマルは父親でもない…。
そりゃお前と付き合ってもう十年近くになるけど…と、あれこれ頭の中に浮かぶが声に出せない…。



「……はや…と。…隼人」

体を揺す振られて目を開くと、眼前にはヒバリが居た…。
一瞬の間を置いて先ほどの事を思い出し、慌ててヒバリの全身を見ると…そこに居たのはいつもの見慣れた黒い着流し姿のヒバリだった。

久々に訪れたヒバリの私室。
どうやら強請って置いてもらった炬燵に入ったまま、コイツを待っているうちに転寝してしまったらしい。

「大丈夫?…随分うなされてたみたいだけど」

汗で張り付いた前髪をヒバリの冷たい指先が掻き分けてくれる。
ひんやりとしたその指先の感触を心地良く感じて目を閉じた。

「…変な夢見てた…」
「夢?」
「うん…オレとお前の結婚式の夢…」
「え?」

何気なく語った夢の内容に、ヒバリがやけに大袈裟な反応を返してきた。
オレの額に触れていたヒバリの指先が微かに震えているのが分かって、閉じていた目を開けてヒバリの様子を窺う。
ほんのりと頬を染めて、妙に潤んだ目でオレを見ているヒバリ。
心なしかふるふると震えているのは気のせいだよな…?

「隼人…とうとうその気になってくれたの?」
「は?」
「やっと僕のプロポーズを受け入れてくれる気になったんだ!!」

ヒバリは「嬉しい!」と言って横になったままのオレに強引に抱きついてきた。

「ちょ!ちょっと待て!何でそういう話になるんだよ!」
「だって、夢は願望の現われって言うでしょう?つまりはそういう事じゃないか」
「く、苦しいっ!ヒバリッ!!ちょっと退けって!」
「嫌。もう一生離さないからね」

わざと体重を掛けるように上から圧し掛かられ、馬鹿力なヒバリに体を折られるのではないか、と言うくらいの勢いで抱き締められる。
こうなってしまってはコイツから逃れる術はオレには無かった。

直に触れようと腰の辺りから進入してくるヒバリの手だけは辛うじて払いながら、有り得ない事だが、もし、本当に結婚する事になったらこういうのも正夢って言うのかな…なんて事を考えた。

ヒバリからの優しい雨のようなキスを顔中に施され、瞼へも降り注ぐそれを受ける為、オレはそっと目を閉じた。



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