囁き



今すぐ君に伝えないと。
そう思ったら居てもたってもいられなくなった。

切欠が何かは分からないが突然目が覚めた夜明け前。
僕の中、奥深くから込み上げてくる何かに突き動かされるようにして跳ね起きた。
手早く着替えを済ませ、キーリングを手に家を出る。
外は黒と藍色を混ぜ合わせたような色。自分の吐く息がやけに白い。
身を切るような寒さ…なんだろうけど、そんな事は気にならなくて…今は一瞬でも早く彼の元へ、と言う思いだけ。

彼の住まうマンションの真ん前に乗り捨てるようにしてバイクを止める。
エレベーターを待つのももどかしく、階段を二段飛ばしで駆け上がった。

ようやく辿り着いた彼の部屋。
整わない息。
貰った合鍵…使う度に、これをくれた日の彼の笑顔を思い出す。

早く。
早く。

もどかしさを感じながら開けた扉。
フットライトも点いていない真っ暗な廊下を進んで彼の寝室を目指す。
彼へと至る最後の扉。

やっと辿り着いた彼の元へ…。

彼が横たわる寝台に片膝を突いて乗り上げ、小さな山のようになった上掛けを捲った。
ふわりと彼の体温と匂いが舞った様な気がした。
彼は寒さにふるりと身を震わすと、瞼をそっと持ち上げ僕の方を見た。

「…ひ ばり?」

僕を認めて、とろりと蕩けたような、普段とは違う幼い声音で僕の名前を呼ぶ君。
突然訪れた僕を訝しむでもなく、心配そうな顔で僕の首に手を回して、僕の冷え切った体を厭う事無く引き寄せた。

「…どした?…こわいゆめでもみたか?」

眠そうな、しかし、真剣な顔で聞きながら、僕の頭を胸元に抱え込むようにしてぎゅっと抱き締める。
更に僕の足に自分の足を絡ませて自らの体温を分けてくれた。
温かい彼の体に包まれて、何故だか分からないが鼻の奥がツンとした。
彼の鎖骨の間にある小さな窪みに鼻先を押し付けるようにして大きく息を吸い込む。

先ほど僕が捲くった上掛けをお互いの頭の上に引き上げる。
途端に小さな二人の世界が出来上がる…彼の匂いと暖かさに支配された、二人だけの世界…。

僕の髪を、背中を撫でる彼の優しい掌。
物騒な武器を扱い、綺麗な音楽を奏でるその手で、ゆっくりと僕を撫でてくれる。

「ごくでら…」
「うん?」
「獄寺…好きだよ……大好き」

「…わざわざそれを言いに来てくれたのか?」


こんな夜中に?そう問う彼の小さな笑いが震えて僕の体に伝わる。
彼は僕の体を更にきつく抱き締めて、つむじに口接けを落としてくれた。

「うん。…でも、それだけじゃないんだ…本当はもっと……もっと…いっぱい好き。………ねぇ、どうやったら伝わる?…これじゃあ足りないくらい、もっと…たくさんなんだ…」

上手くこの気持ちを伝える術を持たない自分がもどかしい。どうしたら分かってくれる?
愛してるって言えばいいの?
でも…それでも、きっと足りない…。

「ヒバリ」

名前を呼ばれると同時に体勢を変えられた。仰向けになった僕の上に腹這いで乗り上がった獄寺。
僕の身に感じる彼の重さが心地良い。
確かにここに在るんだと知らせてくれる彼の重みと体温。

「ヒバリ…ありがと。……ちゃんと伝わってるよ」

両頬に手を添えられ、真上から覗き込まれた。

本当に伝わっている?

あんなに拙い告白で確かに伝わっているとは信じられなくて、そんな視線を向ける。

「うん」

でも、彼は確りと頷いて…そうして彼の顔が近付いてきて僕はそっと目を閉じた。 瞼に熱く柔らかい唇の感触…そこに触れたまま「オレも…」と返してくれた。

「…獄寺」

彼の背中に手を回しきつく抱き締める。
確かに伝わったと思ったら…分かってくれたと思ったら、この上ない幸せが僕の体にも心にも満ちてきて、途端に眠くなってきた。

目が覚めたらたくさん愛し合おう…。

僕の提案に彼は照れたように僕の首筋に顔を埋めると小さく頷いてくれた。


溢れる思いを携えて訪れた君の側。
思いを受け止めてもらえて、同じ思いを返される幸せに、ありがとう、と自然に呟いていた。
声に出せたか自分でも分からなかったが、再び彼が頷くのを首元に感じて、二人で抱き合って眠りについた。



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今日の1859第36弾


2009.2.21 1859net

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