ガ・マ・ン



オレが作った夕飯を二人で一緒に食べて、後片付けはオレ一人。
…いつも納得がいかないのだが、アイツに任せてたらこの家から食器と名の付くもの全て…どころか、キッチンまで壊滅的ダメージを受ける事は分かりきっている。
結局は自分でやっちまった方が早いし、安心なんだよな。
…たださぁ…せめてオレが夕飯作ってる時に野菜を洗うとか、ゆっくりでもいいから使う食器を出すとか、後片付けも少しでいいんだぜ…ちょっとくらい手伝ってくれても罰は当たんねぇと思うんですけどね〜…。

リビングに視線を転じればソファにだらしなく座り…いや、あれは寝そべっているのか…とにかく、そんな状態で雑誌を捲くっている隼人。
ついでに服も捲くり上がっていて、可愛い縦長の小さなヘソが見えていて……ヤツがその手の事で挑発なんて、高度なテクを使ってくるわけが無いんだが…無意識だと分かっていても、ついうっかり乗っかってしまいそうになる…。
いや…本当は進んで乗っかりたいのだが、相手は「中学生のしかも男」!
これを経文のように心の中で繰り返し唱え、自らを抑えるのも最近では日常と化している。

望んでの事ではないとは言え、今よりもっとガキの頃から…それこそ、まだおむつを着けていた頃からの付き合いである。
せめてコイツが中学を卒業するまでの間…あと1、2年くらい堪えてやろうじゃないか…と思っているのだが、そんなオレの決意をアッサリ挫いてしまいそうになる位、無駄に美味しそうに育ってくれちゃってるんだよな…。
喜ぶべき成長に、思わず溜息をつきつつ、片付けを終え、濡れた手を前掛けで拭く。
コーヒーでも飲もうとマグを手にした途端リビングから声を掛けられた。

「オレのも」

当たり前みたいに言われて、思わず前掛けの裾を持って噛み締めそうになった…。
オレはお前の召使じゃねぇんだよ!!心の中で言ってはみたが、手は隼人のマグに伸びていて、アイツが全く素直じゃないのは実はオレに似たんじゃないか…と思ってみたり。
言い成りも腹が立つので、たっぷりのミルクと砂糖をマグの中に投入。
両手にマグを持ってリビングへ行けば、隼人はコーヒーを飲む為か先程よりはややましな体勢でソファに腰掛けていた。
マグを差し出せば「ありがと」と小さく礼を言った。
オレも隼人の隣に座ってコーヒーを口にする。

「おい!何だよこれ」
「何が?」
「何が?じゃねぇ!こんな甘ったるいもん飲めるか!」
「お前甘いの好きじゃん」
「それとこれとは違うだろ!お前のと換えろ!」
「ダーメ。夜にこんなもん飲むと寝れなくなるくせに。それに、それだったら直ぐ飲めるだろ」

暗に猫舌仕様だと伝えれば、それも癪に障ったらしい。
その後も散々ぶーぶー言っていたが「嫌なら自分で淹れ直してこい」と言えば、舌打ちしながら渋々と自分のマグに口を付けた。

背伸びしたいお年頃な坊ちゃまは、本当は甘い物が好きなくせに子供っぽいと思われるのが嫌らしく、好きなものを素直に好きと言えず、好きなものを素直に口にする事もなく…。
損な性格してるな…とか、自分がこの位の歳の頃はどうだったろうか?…とぼんやりと考えた。
チラリと横を見ると眉間の皺は見当たらず、カフェオレを美味そうに啜っている。
そんな様子に思わず笑みが零れそうになるが、また拗ねられては面倒。と、雑誌を読むフリで顔を隠す。
顔を隠しつつこっそり隼人の様子を窺っていたのだが、その隼人の様子が突然おかしくなった。

だらりと座ってカフェオレを啜っていた隼人が急に音がしそうな勢いで固まってしまった。
その視線が何かに釘付けになっているのに気付き、隼人の視線の先へ自分も視線を遣る。
そこでは薄い画面の中で裸の男女が抱き合っているシーンが流れていた。

隼人は固まった体からゆりゆると力を抜いて、不自然にならないようにゆっくりと膝の上に置いた雑誌へと視線を落とす。
意識しないように…って、意識しまくりってのがばればれなんだよ。
これで構うな、と言う方が無理だろ。

「な〜に意識しちゃってんの?」
「してねぇよっ!!」
「可愛いな〜。坊ちゃまは」

隼人の体を横から抱え込むようにして、頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
ジタバタ暴れるが、こんなもん可愛い抵抗だぜ。
って、ニヤニヤしながらからかい倒そうとすれば、耳に響く音がして手が払われた。

「ガキ扱いするな!」

痛かったわけではなかったが、やけに真剣な隼人の声に思わずオレの動きが止まる。
先ほどのオレの所業により乱れたままの隼人の髪の毛。
俯いた顔をその髪の毛が覆っていて表情は窺えないが、「ガキ扱いするな…」再び小さく震えた声で告げられてしまった。

「あ〜…悪かったよ…」

そんな泣き出す寸前みたいな声を出されては素直に謝るしかない。
昔から女以上にコイツの涙には弱い自覚がある。
乱れた髪の毛を整えながら、頭を撫でていると、隼人の体が震える。

「隼人…」

泣くなよ…って、続けようとしたところで隼人が急に腹を抱えた。

「ぷっ!!もうダメ!!」
「はぁ!?」
「隼人…だって!マジな声出しやがって…や〜い!騙されてやんのー!」
「……テメェ」
「わっ!」

涙を滲ませて笑う隼人の体にタックルかまして、そのままソファに押し倒す。
両腕を確りと固定し、体も上から自重で抑えるようにして身動きが出来ないようにすると、隼人の顔がぴしりと固まった。

「しゃ…シャマル?」

不安そうに呼び掛けてくるのを無視して、首筋に顔を寄せれば途端に激しく抵抗しだした隼人。

「ちょっ!ちょっと待て!シャマルっ!!」
「もう待たない」

必死に抵抗しようとするが中学生の力で抜け出せるような柔な拘束はしていないつもりだ。
暴れる体を無視して、首筋から鎖骨へと唇を滑らせ、隼人の両手を一掴みにして空いた手をシャツの間に差し入れ脇腹をそういう意味を込めて撫でる。

「シャマ…やだ…・」

小さく震えた声が聞こえ、動きを止める。
鎖骨の間の窪みに押し付けていた唇を離し、顔を上げるとそこには両目から涙を溢れさせた隼人が、唇を噛み締めて嗚咽を堪えていた。
顔を上げたオレに気付くと恐る恐る薄い瞼を持ち上げる隼人。

コイツのこんな顔を見るのはいつ振りだろう…と、ついコイツの幼い頃を思い出そうとしたが、今はそんな時ではなかった。
脇腹に触れていた手を離し、隼人の髪の毛をグチャグチャに掻き混ぜる。
なるべく意識していつもの…いや、それ以上の調子で声を掛けた。

「や〜い!騙されてやんの!」

一瞬何が起こったか分からないといった顔をした隼人。
緑の水気をたっぷり含んだ瞳が涙と一緒に零れ落ちてきそうな程に目を見開いてオレを見ていた。
そして、先ほど自分が仕掛けた事をやり返されたのだと気付いたらしく、みるみる顔を赤くしたかと思うと、ようやく緩んだオレの手から自らの腕を抜いて、そのままオレの覆い被さった背中を叩き始めた。

「おっ…お前っ!サイッテーだっ!!」

安心して、また涙が止まらないらしい隼人。
そんな顔も可愛いけれど、泣くほど恐がらなくても…と、ちょっと悲しくもあった。

「お前が先に騙したんじゃねぇか」
「お前の方が度が過ぎてる!!」
「煽ったお前が悪い」
「っ…煽ったって…んな事してねぇ…」
「ガキ扱いするな。って言っただろ」
「…言ったけど……」
「兎に角!せっかくオレが自制してやってんだからあんまり煽るようなマネしてくれるなよな」
「じ、自制って…。って言うか、煽ったりしてねぇっ!」

ぎゃーぎゃー喚く隼人に「はい。はい」とおざなりな返事をする。
これで無自覚なコイツが少しは意識してくれるといいんだが…。

うるさく喚くのを無視して、滲んだ涙に唇を寄せれば、またもや固まる隼人。
まぁ、しばらくはこの程度で我慢しててやるから早く大きくなってくれよな、坊ちゃま。



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