世界が終わる日に



「なぁ、もし地球が滅亡するとしたら、お前どうする?」

シャマルの家に夕飯を食べにきていた隼人が、そんな質問を投げ掛けたのは、美味しそうな匂いと、湯気を振りまく夕飯が載ったテーブルに二人で向かい合って座った時だった。

二人分の夕飯を用意するのも今や日常と化しつつある今日この頃。
用意するのはもちろんシャマルで、その間隼人はと言うと、リビングで大きなクッションを下敷きに腹這いになり、何やら真剣な表情で雑誌を捲っていた。
飲み物まで確り準備し終えても、隼人が食卓につく事はなく、シャマルに声を掛けられてようやくノロノロと起き上がった。
しかし、シャマルと向かい合って座っても、視線はシャマルが腕によりを掛けて作った夕飯達ではなく、テーブルの端に広げて置いた雑誌に注がれたままで…

「隼人。飯食わねぇんなら下げちまうぞ」
「…食べる」

そこでようやく雑誌が閉じられ、祈りの言葉を小さく呟くのに次いで、日本語で「いただきます」と手を合わせてからフォークを手に取った。
二人で食べる夕飯も、もう数え切れない程繰り返していて、その際二人の間で交わされる話の内容はと言えば多岐に渡っていた…もっとも多いのは隼人の10代目(自慢)話だったけど。
そして、本日の話題は冒頭の「地球滅亡最後の日について」。


「は?」

闇医者兼殺し屋と中学生兼マフィアの次期ボス候補の右腕候補が平和な日本で、手作りの夕飯を一緒に食べながらの話題としてはあまりに突飛過ぎて、思わず聞き返してしまったシャマル。
「聞いてなかったのか?」と、眇めた目がシャマルを見た。
そのあまりの迫力に思わず「スマン」と謝罪の言葉が口から出ていた。
仕方無い、と言った態で溜め息をついて、隼人は再び質問を繰り返した。

「なぁ、もし地球が滅亡するとしたら、お前どうする?」
「地球滅亡…」

また、妙な事を言い出した…と、呆れた視線を隼人に遣れば、フォークにパスタを巻き付けた状態で、それを口に運ぶ事もせず、シャマルを見詰めている。
隼人の瞳はやけに真剣で、いつものように「そうだな〜、地球が滅亡するってんなら、世界中に居るオレの可愛い子ちゃん達にお別れの挨拶行脚しようかな〜」なんて言っていいような表情では無かった。

一応シャマルと隼人は付き合っていて、所謂恋人同士と言う関係である。
しかし、付き合い始めてからも、以前と変わらず女好きを公言して憚らないシャマル。
意地っ張りな年下の恋人も仕方無いと諦めた振りをして、素直に悋気を露わにしたりもしない。
いつもならシャマルが先の台詞を実際に言ったとしても、きっと隼人もいつもの調子で「バッカじゃねーの」なんて可愛い顔で、可愛く無い事を言う。

しかし、そうやっていつもの遣り取りが出来るとは思えない程、今の隼人の表情は切羽詰ったものだった。
瞳の底に怯えたような色が窺えるのは、地球が終わってしまう、なんて事をその下らない雑誌の所為で信じてしまったとか?
もしかして、最後の時までシャマルが女を優先して、一人でその時を過ごさなければならない…なんて、まさかそんなバカな事を思っているんじゃなだろうな?
いくらオレでも…と、思ったが、この年下の恋人が対人関係で自信を持てるような人生を歩んできた訳では無い事を誰よりも知っているし、そういう時に真っ先に側に居なければいけない恋人である自分は常々男よりも…下手をすれば恋人よりも女優先だったりするし…。

自業自得とは言え、いつまでも信用の無い自分を少し情けなく思いながら、その不安を解消してやるのも恋人の努め、と殊更明るい表情と口調でシャマルは答えた。

「隼人は怖がりだかんな〜…可愛くおねだり出来たら、最後の日、一緒に居てやらん事もない」
「だっ!誰が怖がりだって!!?」

一瞬遅れて、言われた意味を理解した途端噛みついてきた隼人。
やはりこの子どもはこうでなくてはこちらも調子が出ない。

「お前だ。お前。ちょっと風が吹いたり、雷が鳴ったりしたら人のベッドに潜り込んできたのは誰だっけ?」
「いつの話してんだよ!そんなんガキの頃の事だろ。今はそんな事してねぇ!」
「だって今は一緒に寝てるからな。だから平気なんだろ?」

そういう雰囲気を纏わせて笑い掛けるシャマルに、怒りと羞恥で熱を持つ隼人の顔。

「お、オレは最後の日は10代目のお側に居るって決めてるから…」

手元の皿に視線を移し、行儀悪くフォークでパスタを突つきながら、焦って言い募る隼人。
髪の毛の隙間から見える耳はパスタに絡まるトマトみたいに真っ赤で、とっても旨そうで…いや、実際旨いのを知っているし、思わず齧り付いてしまいたくなる。
今夜、ベッドの上のフルコース、前菜は耳から。と、とりあえず心に決めて隼人との会話に戻る。

「ふ〜ん。隼人はオレを見捨ててツナん所に行くんだ…」
「なっ!?」
「冷たいヤツ〜」
「しゃ、シャマル…」

隼人が言っている事が天の邪鬼ならではの台詞だって事をシャマルは当然分かり切っていて、隼人を揶揄う為にわざとらしい演技をしていると言うのに、その演技を真に受けて困った顔をする。
あぁ…何て可愛いバカなんだろう…それが益々シャマルを煽っているという事も知らずに…。

とりあえずは、地球最後の日とやらが本当に来た時に、コイツに愛想を尽かされて、自分が一人になる事がないように信用を得るべく態度を改めようか…と、シャマルにしてはやけに殊勝な事を思った。
まずは手始めにベッドの上でたっぷり愛してやろうと、今夜のフルコース、先ほど決めた前菜以降のメニューを考える。
しかし、目の前でいつまでもパスタをこねくり回されていては、それに行き着く事も出来やしない。
とっとと飯を食っちまえと隼人を促すと、ようやく気まずい話から解放されたと安心して、慌てて口にパスタを掻き込み始めた。
もうすぐ自分が食われるとも知らず、せっせと目の前の飯を片付ける隼人に笑いと愛しさが込み上げる。

例えそんな日が本当に来る事になっても、コイツがそれに怯える事なく、オレの側に居られればいい。
二人一緒なら地球が終わるなんて事を気にする余裕も無いだろう…。
それはきっと幸せな事だと、闇医者兼殺し屋らしからぬ事をシャマルは思って、熱を失いかけたパスタを口にした。



main




2009.8.9 4859net

inserted by FC2 system