咬み痕



久し振りに僕の部屋を訪れた隼人。
明日は午後からの予定しか無いという事でゆっくり出来るらしく、いつになく寛いだ様子が窺えて嬉しくなる。
いつもなら二人で会っている時だって携帯電話に引っ切り無しに着信がある彼だが、ここ最近ボンゴレ近辺の情勢も落ち着いているようで、今日あった着信といえば山本武からの誘いの電話だけ。
相手が彼だと分かって、僕は隼人の耳に当てられた携帯電話をもぎ取ると「邪魔するな」と一言告げて通話を終わらせた。

「お前なぁ…」

呆れたように言う彼の顔が笑っていて…その笑い顔に引かれるように顔を寄せて唇を合わせた。
そのままそっと押し倒すと、恥かしそうに身を捩りながらも僕の手を握ってくれる。
いつもは素直にその身を任せる事が少ない彼だが、今日はさしたる抵抗もなく事に及べそうだ。

…と、思っていた。

顔から首筋、鎖骨へと口接けを落としていき、片方の手では耳を、もう片方の手では脇腹の辺りを辿っていた時だった。
隼人は突然僕の体を突き飛ばして勢いよく起き上がると、殆ど脱げてしまっていた着流しの前を掻き合わせて、その着流しの裾を翻しながら僕の部屋を出て行った。
あまりに突然過ぎる隼人の行動に僕は思わずフリーズしてしまった。
先ほどまでいつになく順調に進んでいると思っていたのに、一体何があったのだろう…?
全く心当たりが無い僕ではあったが、このまま放っておく訳にもいかず、熱を持ちかけていた己の身をノロノロと起こすと、着崩れた…と言うより、先ほどの隼人と同じく、殆ど脱げ掛けた着流しを整え隼人の後を追った。

隼人は慌てていたのか、あの着流し姿のままでボンゴレの方へと戻っていったらしい…。
不可侵の域を超えて訪れたボンゴレのアジト。
更に向かうは隼人に与えられた私室。

初めて隼人と出会った頃から彼が望んでいた「10代目の右腕」に見事成り果せた隼人。
常に何をするにもボンゴレ、沢田が最優先で、家に帰る手間さえ惜しむ余りにアジト内の一室を借り受け、自らの居住区としていた。

その彼が住まう部屋の扉を開けようとドアノブに手を掛けるが鍵が掛かっていて開かない。
隼人から渡されていた合鍵を鍵穴に差し込んだところで中から声が掛けられた。

「開けたら別れる」

重厚な扉に遮られ、聞こえ辛くはあったが、確かに聞こえたそれを無視して鍵を回す。
そうして一歩足を踏み入れた途端目の前に何かが飛んできた。
反射的に取り出したトンファーで払ったそれを見ると、普段隼人のベッドサイドに置かれている目覚まし時計であった…そして、彼が使用している目覚まし時計は一つではない。続けて第二、第三の目覚まし時計が飛来してきて、それらを尽くトンファーで薙ぎ払う。
時計が飛んでこなくなったと思えば今度はネコとはりねずみのぬいぐるみ、黄色い鳥大中小、。それからツチノコ、オゴポゴ、チュパカブラ、ネッシーに雪男…と隼人の大好きなUMA系を模った不気味なぬいぐるみが続々と投げ付けられた。ちなみにこのぬいぐるみ類は普段沢田の周りに居る騒がしい女と笹川妹が手作りし隼人の誕生日にプレゼントしたものだ…。
普段彼がそれらを意外と大事にしている事を知っている僕は、今度はトンファーではなく、素手で払う。
彼が陣取るベッド周辺の投げる物が無くなって、そこでようやく彼愛用の武器が手に取られた。
しかし、僕との喧嘩にボムを使わないという事を沢田と約束しているらしい隼人は、手にしたボムに火を点ける事なく、そのまま投げ付けてきた。

いい加減埒が明かないと、点火前のボムの嵐を潜り抜け、隼人のいるベッドに乗り上げた。
振り上げられた手を掴んで、そのままの勢いでベッドに押し倒し隼人の攻撃を止める。

「触るんじゃねぇ!この浮気者っ!!」
「…浮気者…?…誰が?」
「惚けてんじゃねぇっ!手前ぇに決まってんだろっ!!」

僕の拘束を解こうと暴れる隼人。
そんな彼を腕だけで押さえてもいられず、馬乗りに乗り上げたまま、隼人の言った事について考えてみた…全く覚えがない「浮気者」と言う謗りについて。
しかし、いくら考えても全く答えは出なくて…。
「浮気なんてしてないけど…」
「嘘つけ!キスマークなんて付けて来やがって」
「キスマーク…」
「そんな派手に付けといて知らねぇとは言わせねぇぞ!!」

あぁ…彼はこれを見て誤解したんだ…と、ようやく合点がいき、そしてこれらを付けられた経緯を思い出して思わず笑みが浮かんだ。
僕の表情の変化に気付いた隼人が訝しみながら抵抗を止めた。

そんな彼に、僕は更に笑みを深くしながら言ってあげた。

「ねぇ…コレ、付けたの君なんだけど」




ボンゴレからの任務を請け負って、その遂行報告に来た時だった。
久々に訪れたそこは、大きな懸案事項が片付いたとかでそこかしこに浮かれた空気が漂っており、その雰囲気に僕の機嫌は下降の一途を辿っていた。

沢田の執務室の扉を開けると、中では昼間だというのに酒盛りが始まっており、幹部クラスのヤツ等が杯を重ねていた。
室内全体がアルコール臭いような気がして、更にうんざりする僕の目の前にスッとグラスが差し出された。

「雲雀さん、お疲れさまでした」

グラスを差し出しながら僕を労う沢田。
昔は僕の前では怯えてばかりいたというのに、近頃すっかり泰然としていて…それを隼人が頼もしく思っているのが(我ながら心が狭いと思うが)面白くない…。
そんな感情を抱きつつも、彼が差し出したグラスに手を伸ばした時だった。

「ヒ〜バリっ!」

突然背後からの衝撃。 胸元に零れた深紅の液体。
背後から僕の首に回された両腕。
耳に直接触れるようにして掛かる熱い吐息。

…酒臭い。

「一体誰がこんなになるまで飲ませたの?」

辺りを見回せば、皆知らん顔。
唯一沢田だけが困ったような顔で肩を竦めて答えた。

「すみません…。獄寺くん風邪気味で薬を飲んでたらしくて…。どうやら酔いが変な風に回っちゃたらしいです…」

確かに普段隼人は多少の酒で酔っ払う事は無い…と言うよりハッキリ言って”ざる”だ。
酔い潰して良からぬ事を企む輩も居るが、そんなヤツ等大抵返り討ちだし、長い付き合いの僕ですら隼人が酔っ払ったところを見た事が無い。

「どうして大人しく寝させておかないの」
「すみません。雲雀さんがいらっしゃるの分かってましたし、大丈夫かと…」

鋭く睨んでみても全く効かない。謝っている割には悪びれた様子が微塵も感じられないのは僕の気のせいでは無いだろう…。
しかし、僕の殺気を全く気にしない男がもう一人…。

「ひばりぃ…10だいめとけんかすんなよな…」
「してないよ。それより隼人、風邪ひいてるなら寝てないと」
「もうなおった」
「はい。はい。部屋に戻るよ」

「いやだぁー」と、言う隼人を首から下げたままズルズル引っ張って部屋を出る。

「じゅうだいめぇ〜」
「情けない声出さないで。煩くするなら抱えて行くよ」
「じゃぁ抱っこしろ〜」

何?それ?していいの?と思ったのも束の間、隼人が勢いを付けて僕の背中に飛び乗った。
これじゃ抱っこじゃなくておんぶだよ…。

「ひ〜ばり」

上機嫌で妙な節を付けて僕の名前を呼ぶ隼人…。

「何?」
「なぁ…したくなっちゃった」

…は?

「Hしたい」
「………そんなべろべろに酔っ払って出来ないよ」
「できる!」

そう言うなり僕の耳をかぷりと噛んでそれから舌を這わせてきた…。
たったそれだけの事で(情けないが)僕の体は熱を上げる。

隼人とは10年近くの付き合いになるが、彼から誘われた事なんて片手の指すら余る程で…僕が自制出来ないのも仕方ない事だと思うんだけど…。
しかしここはボンゴレのアジト内の廊下だ。
まさかこんな所で致すわけにもいがず、とにかく隼人の部屋まで急ぐ事にした。

しかし隼人は僕のそんな努力をあっさり無視してくれて、僕の背中から飛び降りるとぐいぐいと僕の腕を引っ張って近くの部屋の扉を開けた。
そこは資料室のようで部屋の壁一面、と言うより部屋一面が書架で埋め尽くされていた。

隼人は扉のすぐ横の書架に僕を押し付けるようにして、僕の胸にしな垂れ掛かかる。
アルコールの所為か、それとも普段は絶対しないような事をしている所為か、ほんのりと赤く色づいたその顔を上げて僕の唇に自らの熱いそれを押し当ててきた。更に熱い舌が僕の口内に割り入ってきて、僕の舌に絡められる。積極的な彼の舌に応える為に僕も彼の舌を強く吸った。
隼人がキスを仕掛けながら、ベルトに手を掛け、やや乱暴な手付きで外し、すぐにパンツも同様に性急な手付きで下ろす。それを追うようにして身を屈めると、今まで隼人から散々刺激を受けてすっかり反応してしまっている僕のモノに手を掛けた。長く重い睫毛に縁取られた瞼を下ろすと僕のそれに顔を寄せて…。




「待てっ!待てーーーっ!!」
「何?」
「うううう嘘付け!オレがそんな事する訳ねぇだろうっ!!」
「嘘なんて付いてないよ」

押し倒された状態で、すでに抵抗しなくなっていた隼人が顔を真っ赤にして僕の話を止めた。
僕は事実を話しているだけなのに、信じようとしない隼人に決定的な証拠を見せるべく、掴んでいた隼人の両手を放し、自分の着流しの合わせに手を差し入れて身頃を肌蹴させる。

「ちょっ!!ちょっと何してんだ手前ぇっ!!」

何を誤解したのか更に顔を真っ赤にして、再びジタバタ暴れだした。

「ほら。ここ」
「…?」

僕の顕になった肩を指し示す。

「あ」

そこには歯型がくっきりと刻まれていた。
隼人は覚えていないらしいが、そこかしこに散らされたキスマークと共に肩に残る歯型はあの日、確かに隼人が噛み付いて出来たものだった。

「嘘だと思うなら、もう一回噛んでみれば?ピッタリ合うはずだから」
「…な、何で…オレ…」



場所が場所だったので、立ったままというきつい体勢で…でも、アルコールの所為で普段よりも解放的になっている隼人は積極的に求めてきて、結局あの資料室で本番まで致してしまった訳だけど、どうやら風邪薬とアルコールの所為で滅多に無い酔いで記憶を保っている事が出来なかったらしい。

あの日、あの場所で夢中になってお互いの体を貪っていると廊下から賑やかな声が聞こえた。
気配に気付いて気を逸らした僕に隼人が気付いたが、僕等の行為にさしたる影響を与える事はなかった。しかし、僕は廊下からとある人物の気配を感じ思わず口角を上げる。
一層隼人との繋がりを深くしながら…。

「っねぇ…ん…沢田が…気付いたらどうする?」
「…はぁ…な…に?」
「沢田が外に…居るよ。…ここで…君がこんな事してるって知ったら…彼どうするかな?」

我ながら意地の悪い質問をしているのは自覚があるが、それで隼人の反応を楽しみたいと思ってしまったのだから仕方無い。
隼人は僕に体の奥深くを激しく突かれながら質問の意味を捉えかねているようだった。
ただ僕からの刺激に深く感じ入ってくれている彼が愛おしい…しっかりと彼の体を抱きかかえ、彼のその可愛らしい顔にキスを送る。

「仕事場で…こんないやらしい事してるって知ったら…ん…右腕止めさせられちゃうかもね…」

僕が言った最後の一言でようやくそこに考えが到ったらしく、快感からではない隼人の震えが僕の体に伝わった。
段々と近付いてくる気配に比例させるように、激しく隼人の体を攻め立てる。

「っふ…隼人…いつもより興奮してる…」 「っ…ちが…ぅ」
「嘘ばっかり」


「…んっ…ひっ…ばりっ…まって…」
「ダメ。…っもう…止まれないっ…」

僕はすでに隼人に対する意地悪なんかではなく、本当に切羽詰ったところまで来ていた。
お互い限界はもうすぐそこで…隼人の今更な懇願に応じる事は出来なかった。

隼人は込み上げる嬌声を自らの努力だけでは抑えきれなくなっていて、僕の右肩に噛み付く事で上がる声を抑えていた。
殆ど間を置かずにお互い上り詰めた時、より一層きつく肩を噛まれた。
今生で至上の快楽を味わっている最中に感じたその痛み…しかし、その痛みさえも今は快楽を増長させるものでしか無かった…。
途端に重さを増した隼人の体を確りと抱いて、しばらくその場で僕はその余韻に浸っていた…。



「で、その後この部屋に戻って、続きをして、次の日僕出掛けないといけなかったから君のシャツとか借りてったんだけど…」

だって僕のシャツ、ワインは掛かってるし、肩のところが血だらけで使い物にならなくなってたからね。
翌日早くに出掛けないといけなかったから…後始末なんかはやって行ったんだけどぐっすり眠る隼人におはようのキスをする事もなく出ちゃたんだ。だから今日持ってきたシャツやネクタイはそのお詫びと、勝手に借りていったお返しのプレゼントだったのに…何?僕が浮気してて疚しい気持ちから持ってきたと思ってたの?ふ〜ん…そうなんだ…。

ツラツラと言い募る僕の話を聞きながら見下ろした隼人は、真っ赤な顔を両手で覆って小さくなっていた。
その両手の間から小さな声で「ごめんなさい…」と聞こえた。

大丈夫…可愛いヤキモチだって事は分かってるから…許してあげるからキスをさせて欲しい…まずは、彼の顔を覆ったその邪魔な指先に口接けた。
この小さな扉が開いたら、僕の気持ちを疑う気なんて起こさないようにたくさん愛してあげるよ…隼人。



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2009.3.8 1859Online

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