僕の



恋人の部屋を訪れると、大抵この部屋に居る際には向かっている執務机の前にその姿はなく、視線を転じればソファに横になっている彼が見えた。
肘掛に頭を乗せて、その頭にはずらされた眼鏡が、そしてお腹の上には広げられた雑誌が乗ったまま。片足はソファから落ちていて…裸足の足元に靴は見当たらず…一体何処に脱いできたんだろう?
そして裸足のくせに、ネクタイは緩くとはいえ首に掛かったままだし、ジャケットも身に着けたままで…すでにジャケットは皺だらけ…窮屈だろうに靴と靴下を脱ぐ位ならジャケットも脱げたんじゃないの?

溜め息をつきつつ、ソファの空いたスペースに腰掛けて彼の顔を覗き込むと、長い睫毛の目元には薄っすらと隈が窺えた。
最近…と言うよりいつも忙しい彼。
彼の上司である沢田が他の側近を連れて地方の会合へと出ると言う事を、沢田本人から連絡を受けて知った僕。

「だから獄寺くんの事よろしくお願いしますね」と、電話越しでも見えた沢田のムカつく笑顔。君に言われなくても分かってるし、あの子の事で僕に指図するな、と相手の返事を待つ事無く会話を終えたのは数時間前。
自分の用事を手早く済ませて、此処を訪れてみればこの状況。

疲れが見える目元をそっと撫でて…そんな事でこの隈が無くなる訳ではないけれど。
顔に掛かった髪の毛を払いつつ梳いてみても、いつもの銀糸のような指通りとは程遠く、僕は小さく溜息をついた。

いつもは沢田の側で完璧な右腕としての日常を送っている獄寺。
その頭脳は数多のマフィア関係者に恐れられ、そして隙の無い整った容姿はマフィア関係者はおろか、彼を見かけた万人が目を奪われる程で…これは大袈裟な物言い等ではなくて、そして恋人の欲目という事を差し引いても事実だった。

毎日身に着けるものに気を使い、銀灰色の髪の毛はいつも艶やかで、彼にとてもよく似合った香りを纏い、沢田の隣で艶やかな笑顔と、沢田に分からない所では時々冷酷な顔をしながら明晰な頭脳を駆使し、完璧に「右腕」をこなしていた。
しかし、そんなドン・ボンゴレの「完璧な」右腕と言うのも、沢田の側に居てこそ…沢田の側を離れた彼は途端に自分の事に構わなくなる。

今の彼の様子から察するに、持ち前のぐうたらを発揮し、シャワーも浴びずに読書の最中睡魔に負けたらしかった。
そんな恋人の現状に嘆息していると、ソファの後ろに彼のものであろう靴が片方裏返しで転がっていた…あぁ…こんな所に追い遣られてたんだ…って、思わず靴に同情しそうになった…。
付き合って長い我が恋人の真の姿…こんな姿を見ては百年の恋も一時に冷めるのでは?と言った感じだが、僕も相当の物好きらしく未だにその気配は覗えず。むしろ彼を好きだと言う気持ちは年々増している気がする…いや、気がするんじゃなくて、益々彼の事を好きになっていると断言出来る。

確かに…沢田から解放されるといつもこうだ。
でも、そんな彼を知っているのは僕だけ。
だからこそ、それを知っていて優越感を覚える事はあれど、嫌いになったりはしないし、こんな彼すらもく愛しく思える。
仕方無い…と、思わず出る溜め息は、だらしの無い彼に対してか、そんな彼を好きでいる物好きな自分に対してか…。
獄寺の頭の上に乗ったままの眼鏡に手を伸ばすと、小さく彼が身動ぎして、次いで瞼が震えてゆっくりと上がり、その奥に僕の愛して止まない緑色の瞳が見えた。
自分の顔に自然に笑みが浮かぶのを自覚しながら、彼に目覚めの挨拶をする。

「おはよう」
「…はよ。……いつ来たんだ?」
「ついさっき。休みなら財団の方に来れば良かったのに」
「お前居ないのに行ったって仕方無ぇし」

ふわりと欠伸をして、「んっ」なんて妙に色っぽく聞こえる声を出しながら両手を挙げて伸びをしている獄寺。
腕を挙げた事によってシャツが引っ張られ、引き締まった腹筋が見える。
綺麗な形の臍が見えて思わず口接けたくなるが、この行動といい、先程の台詞といい、彼は全く無意識でやっているから性質が悪い。

「じゃぁ今から一緒に行こう」
「…めんどくさい」
「すぐそこでしょ」
「いいじゃん。此処で」

片方の靴が行方不明になっていて、書類やら書籍が層を作ったり所々で雪崩を起こしたり。彼方此方に吸殻の山が出来ている灰皿が点在しているし、毛足の長い絨毯に埋もれるように焦げ跡がついている、碌な食料も無いこの汚れた部屋で久々の恋人同士の甘い時間を過ごせと?
それに此処に居ては、いつ他の奴等に仕事を押し付けられるとも限らない…と言うより、絶対に何らかの懸案が彼の元に持ち込まれる。
獄寺が置いてけぼりを喰らって今まで、それが無かった事すら奇跡だった。
沢田の側を離れたとはいえ、ボンゴレの業務であればたとえ下っ端がやるような事でさえも、僕と過ごす時間よりも優先して引き受けてしまうのだから…。
今まで何度それで約束を反故にされた事か…その考えに思い至ると、もう一瞬もこんな所には居られなかった。
僕はソファから立ち上がると、獄寺の手を引いて彼の体を引き起こした。

「やっぱり駄目。すぐに向こうに行こう」

言いながら獄寺の体を抱え上げる。

「わっ」

いきなりの事に焦って、慌てて僕の背中にしがみつく獄寺。

「ヒバリ!下ろせ!!」
「靴が行方不明だからね。このまま抱えて行ってあげる」
「ある!探せばあるし、隣の部屋に売るほどある!」
「うん。知ってるけど、もういい加減我慢出来ないから大人しく運ばれてよ。さっき移動が面倒だって言ってたし」

ポカポカと僕の背中を叩く獄寺。
当然そんな可愛らしい抵抗なんてされても、下ろしてあげる訳がない。
むしろ益々拘束を強くしたくなる気持ちが湧き上がってきてしまう。

「お風呂にだって入れてあげるし、ご飯も僕が手ずから食べさせてあげる」
「人形じゃねぇんだぞ!」
「人形じゃないし、ボンゴレボスの右腕の獄寺隼人でもない。今は「僕の」獄寺隼人でしょう?偶に一緒に居られるときくらい好きにさせてもらうよ」

抱えている彼の体が熱を増したのはきっと気のせいなんかじゃない。
僕がこっそりほくそ笑んでいると、再び僕の背中を掴む獄寺の手に力が籠められた。

「お前が言ったんだから、しっかり世話しろよ。オレは何にもしねぇからな」
「いいよ。旋毛から足の指の先まで、僕が確り洗ってあげるし、食事だって飲み物だって口に運んであげるし、夜もたくさん愛してあげる」

彼が何もしたくないと言うのなら、僕が代わりに何だってやってあげる。
それを許されているのは僕だけなんだよね?
獄寺が小さな声で「バカじゃねーの」と呟いた。

今更気付いたの?

「僕は恋人馬鹿なんだよ」

言った瞬間獄寺の体が強張ったかと思うと、急に身を起こした彼の顔が目の前に迫っていた。

「お前…ホントどうしよーもねぇな…」

その言葉は合わせた唇の間に紡がれた。
珍しく彼からの、これまた珍しい情熱的なキスを受ける。

ここがボンゴレと財団を繋ぐ通路だって事をすっかり忘れているらしい…。
でもそれを教える暇すら与えない、君の激しい口接けが悪いよね、獄寺。



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二代目拍手お礼文
いつも頂く拍手に愛を込めて!

2009.6.24



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