9月9日



朝、目が覚めると目の前にヒバリの端正な寝顔があった。
働かない頭でいくら考えてもコイツがオレの部屋を訪れた記憶なんて欠片もなく、ぼんやりとヒバリの寝顔を見ていると、オレの視線が煩かったのか、黒くて濃い睫毛が震えて、ヒバリが覚醒した。
寝起きだと言うのに、蕩けるような甘さと優しさの色を湛えたその瞳で確りとオレを見詰めて、瞳と同じ色の声で「おはよう」とオレに目覚めの挨拶をするヒバリ。

「…お前、いつ来た?」
「いきなりだね。挨拶も無し?」

笑いながら、穏やかにそう問われて、とりあえず朝の挨拶を返す。
限りなく唇に近いところへのキスと共に。

「明け方頃だったかな?」

ベッドに潜り込んだのは。そう言いながらヒバリはオレの体を抱き寄せて同じようにキスを返してくれた。
心地良いこの状況に再び目を閉じてしまいたかったが、生憎と今日は仕事が立て込んでいた。
優しく緩く、なのにオレにとっては何よりも堅固なヒバリの拘束をそっと解いて起き上がる。

「もう起きるの?」
「ん。今日は忙しいから」

ベッドから降りようとすると、背後から抱き込まれて、そのまま引き倒される。
再びベッドの上に逆戻り。ヒバリの腕の中に閉じ込められた。

「ヒバリ」

名前を呼んで、暗にお前の相手をしている暇は無いと咎めると、ヒバリも分かっていると頷いた。
そうして、ヒバリはオレのうなじに唇を触れさせたまま「誕生日おめでとう」と祝いの言葉を述べた。

今日9月9日はオレの誕生日。
まぁ、コイツが今日此処に居る理由が、この為だろうと言うのは分かっていた。
「ありがとう」と、礼の言葉を言いながら首を伸ばして後ろを窺えば、オレの意図を察したヒバリが顔を寄せて唇を合わせてくれた。

「残念だけど、僕もずっとは居られないんだ。でも、お昼一緒に食べよう。何か作るよ」

何がいい?と、甘い声で尋ねられる。
そしてメニューを考えている間も、そこかしこに触れてくるヒバリの手と唇。
擽ったくて身を捩りながらでは、考える事に集中も出来ず、そうこうしているうちに更にヒバリの行動はエスカレートしていって、ふざけるようだった戯れが段々と艶めいたものへと変わっていった。そろそろ準備を始めないと本格的に間に合わない、と、焦ったオレはヒバリの体を両手で引き剥がして身を起こした。

「は…ハンバーグがいい…」

若干上がった息で、注文するとヒバリは先程までの艶めいた雰囲気が嘘のような、無邪気な顔で笑って「si」とイタリア語で気取って答えた。
乱れた呼吸と、鼓動を整えながら、寝室にあるクローゼットから取り出した服に着替えていると、背中にヒバリの視線をひしひしと感じて、思わずぎこちない動きになる。
振り返ると、やけに上機嫌な顔で肘をついて此方を見ているヒバリと目が合った。
「続けて」なんて言われて恥ずかしくて仕方無かったが、今またヒバリの相手をしている時間は本当に無くて…これ以上もっと際どい姿を見られているじゃねぇか!と自分に言い聞かせ、着替えに集中しようとしたのだが、ウッカリその姿を見られる行為の事に意識が及び、慌てて頭を振ってその思考を頭から追い出した。
後ろでヒバリが笑う気配が微かに伝わってきたが、些か乱暴に着替えを続ける事でその気配を無視する。

「じゃーな」

せめてもの腹いせにと、脱いだばかりのガウンをヒバリの顔に放って、後を振り返る事なくヒバリのクスクスと言う笑い声に見送られて予定より少し遅れて部屋を出た。


10代目(とその他諸々)からお祝いの言葉と、プレゼントを頂けて、ただでさえ幸せだと言うのに、ヒバリが部屋でオレの事を待っていてくれている、という事が心の片隅にあって、仕事中だというのに思わず笑みが漏れそうになる。
敵対勢力の情報の報告が上がってきた時だってオレは(それは決して喜ばしい内容の報告ではなかったにも関わらず)浮かれていた。
いつもはこの手の報告を受けるオレの反応に部下が怯えるあまり、10代目が取り成しに入られる事もある程。しかし、今日は愚かな行いを仕出かした敵対勢力の報告に対しても寛大で居られた。つい手にした報告書にキスをくれてやってしまい、そんなオレの様子を訝しく思った部下がいつも以上に青い顔をしながら退出して行った。

きりの良いところで一旦仕事を中断し、ヒバリの待つ自室へと戻る。
毎日幾度も歩いている廊下。弾みそうになる足を叱咤して、いつもの足取りを心掛け、そして、無意識に上がりそうになる口角を水平にし続けるのに少なからずの労力を要した。
戻ったオレの部屋ではすっかり昼食の準備が整えられていて、ヒバリ手製のそれは、嬉しくて、楽しくて、恥ずかしいものだった…。
メインのプレートの上にはオレのリクエスト通りのハンバーグが載っていた。どっからどう見ても、美味そうな芳香を放ちながら、オレに食われるのを待っているそれは、確かにハンバーグ…なんだけど…何回瞬きして見ても、それがハート型にしか見えなくて…。
何かの間違いではなかろうか?とまじまじとハンバーグを見つめるオレの耳にヒバリの声。

「僕から、愛を込めて」

上げた視線の先ではヒバリが悪戯が成功した子供みたいな顔で笑っていた。
いつもだったら、恥ずかしくて「バッカじゃねーの!!」なんて可愛くない(と、よくヒバリに言われる)悪態をついていただろう…。 でも、笑うヒバリの顔を見てるだけで、何だか胸がいっぱいになった。
作ってる時も、今、オレの瞳に映っているように嬉しそうな幸せそうな顔をしてたんだ。そう思うと暖かいもので心が満たされていくのが分かった。
あぁ…せっかく作ってくれた昼飯だけど、それを食べるより先に、お前に食われたい。って言ったらコイツはどんな顔をするだろう?
…もっとも、燦々と降り注ぐ陽光の中、それを口に出すことはない…いや、恥ずかしくて言えないし、午後からの予定も立て込んでいるというのに、つい、はしたなくそんな事を考えてしまった自分に呆れながら、顔に熱が篭るのが分かった。

淫らな想像を追い払うべく、そんな空気とは一切無縁なプレートの上のハンバーグを見る。
可愛らしいハートの隣には黄色のオムレツ。オムレツの上には赤いケチャップで「Buon compleanno!」と書いてあった。
目の前には世界中の誰よりも強くて、優しくて、オレの事を愛してくれている恋人。

ヒバリの事が大好きだ。
改めて気付き、目眩がしそうな程の幸せを得ている自分すらも愛しくて思えて…体の奥、心の底から暖かいような、熱いような衝動が溢れてきた。
やっぱり昼食よりも先に、と、身を乗り出して、勢いよく触れ合わせた唇からは思った通り…幸せの味がした。



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獄寺くんお誕生日おめでとう!
君と出会えた幸せに愛と感謝を込めて!!


2009.9.9



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