一旦は横になったものの、一向に眠気は訪れてこなくて幾度も寝返りを繰り返し心地良い寝姿を模索したり、羊を数えてみたり。あれこれ試すも、どれも効果は無く。結局諦めて寝台から起き上がり、キッチンへと向かった。冷蔵庫から冷えた炭酸水を取り出して喉に流し込めば、益々眠気が遠ざかる。
リビングのソファに座り、明かりはたった今点けたテレビだけ。特に見たい番組があるではなかった。そうして、手にした携帯電話を弄びながら思うのは自分の恋人の事。
彼のあの、低く穏やかな優しい声を聞けば…その声で一言おやすみ、と就寝の言葉を貰えれば、心地良い眠りがすぐに訪れるような気がする。
眠れない。そんな理由で電話を掛けてもいいだろうか?世間一般の常識からすれば、すでに他人に電話を掛けていい時間帯では無かった。ましてや付き合っている男は早寝早起き、規則正しい生活を送っていて、当然この時間に起きているはずがない。
そうは思うが、やはり声が聞きたかった。…いや正直に言えば、彼に会いたかった。会って同じベッドに横になり、抱き締めてくれなくても良い、ただ隣に彼がいれば、その暖かさと呼吸と香りがあれば自分はきっとすぐに眠れるのに…それは今の自分にとって、すごく魅力的な事だった。


眠れない、というわけでは無く、読んでいた本がちょうど先が気になるところで、きりの良いところまで、と夢中になって読んでいるうちに随分と夜も更けてしまった。いつも自分の側にいる小さな鳥もすでに寝に入って久しい。鳥に視線を遣ったついでに視界に入った携帯電話。そうして思うのは彼の事。
素行も何もかもが滅茶苦茶な恋人が本当は宵っ張りなくせに、彼の大事な人の為に早めの就寝を心掛けている事を知っている。今、その事を思い出し、彼に電話を掛けて、明日の起床を遅らせたいと思った。もちろん自分が狭量な事くらい自覚はある。そんな事を考えていると視界に入ったままだった携帯電話が小さく鳴動し始めた。手にした電話のディスプレイにはたった今まで思考を独占していた恋人の名前。
今、想っていたまさにその人から連絡がきて、思わず反応が遅れてしまった。らしくもなく慌てて携帯電話を手にして通話ボタンを押せば、やけに控えめな…しかし、間違いなく恋人である獄寺の声が僕の名前を呼んだ。

「…ヒバリ?」
「うん。どうしたの?」
「ごめん。寝てたよな?」
「ううん。起きてたから大丈夫だよ」

本当に申し訳なさそうにして言うものだから、僕の答えにも力が入ってしまう。
ここで、寝てた、って言ったり、眠そうな声を出せばすぐにでも通話を終わらせてしまいそうな獄寺の声。それをさせまいと、つい必死になる僕。獄寺と接しているといつも余裕が無くなってしまう。

「本を読んでいたんだ。ほら。この前君が勧めてくれた本。面白くて夢中になってた」
「そっか。良かった」

ほっと小さく息を吐いて、心底安心したように言うものだから、僕は何だか堪らなくなってしまった。

「ねぇ…。今、家に居るの?」
「うん」
「10分待ってて。今から行くから」

そう言った時にはすでにベッドを降りて、シャツのボタンを外し始めていた。
寝ていた鳥が、何事かと目を覚まして僕の方を窺うが、何でもないという顔を見せれば、また再び夢の中へと戻っていった。その間にも、僕の着替えは進んでいて、電話が繋がった先からは慌てた声が聞こえている。

「え?え?え?」
「すぐ行くから」

手にはバイクのキー。
玄関の扉の開閉する音で、獄寺の慌てっぷりは増してしまった。

「ヒバリ…!だって、もう夜遅いし…」
「そんな時間に電話を掛けてきて、あんな声で僕の名前を呼ぶ君が悪い」

抱きしめて、キスしたくなる。そう続ければ息を呑んで何も言わなくなった獄寺。
電話越し。無言の状態では、彼が照れているのか、困っているのか判断し辛い。
やっぱりすぐに彼の側に行かなくては。そう思うと自然と歩調も早くなる。

「じゃぁ、もう切るね」

獄寺の返事を待つ事なく通話を終わらせ、バイクに跨った。
彼の元を訪れて、部屋の鍵を開けてくれたら、抱き締めて、キスをする。
そうして、彼と一緒に寝よう。朝は二人して寝坊するのも良いかもしれない。偶にはサボろうよ、なんて風紀委員らしからぬ事を言えば彼はどんな反応をするだろう?
スロットルを全開にして彼の元へ向かえば、その答えはすぐだった。



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2009.9.30 1859Online



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