プレゼント



面倒事を片付けて、ようやく寝られる…と、倒れ込むようにして寝台に横になった途端、すでに意識は無かったと思う。
それから恐らくそう時間は経っていないだろう。軽くなるどころか益々重さを増したような頭と、しつこく鳴動する携帯電話にいい加減イライラがピークに達した。
携帯電話の電源を落としていなかった自分を内心罵りながら、電話を掛けてきた相手に対して本気の殺意を覚えつつ通話ボタンを押した。
眠くて不機嫌な声を隠す事なく、むしろそれらを全面に押し出しながら電話を掛けてきた相手に対した。

「咬み殺す」
「ひっでぇ!恋人に対する第一声がそれかよっ!」

電話を掛けてきたのは現在遠距離恋愛進行中の僕の恋人である獄寺であった。
電話越しに聞こえるがなり声に、ますます眉間に皺が寄る。
彼以外からの電話であれば、即通話を終わらせただろうけど、滅多に電話を掛けてこない彼からの電話に、何かあっただろうか?と思い一応聞いてみた。

「なに?…ぼくすっごくねむいんだけど…」
「何?って。………す、す、…好きなヤツの声が聞きたいと思って電話して悪いかよ?」

すきなやつ…ってぼくのこと?彼とつきあっていて、今まで素直にこんなこと言われたことあったっけ?
回らない頭で記憶を辿りながら彼の言葉を反芻する。

「もしかして、きみ…酔ってる?」
「…酔ってねぇよっ!」

そういう口調は呂律が回っていなかった。
いつもなら、今じゃなければ、つき合ってあげても良かったけれど、今日は本当に無理。
ここ最近徹夜続きで、ようやく寝られたというのに、そのタイミングを計ったように電話を掛けてきた恋人が、今は憎かった。

「さっきも言ったけど眠いから。じゃあね」
「あーーーっ!切るな!」
「っ…うるさい…」

幾度も耳元で大声を上げられ、ますます自分の機嫌が下降していくのが分かった。
僕の声が聞きたいんなら、録音でも何でもして、ずっとそれを流してればいい。お互いの為の、その素晴らしい解決方法を提案しようとしたところで獄寺が「…なぁ、ヒバリ」と、やっぱり呂律の回っていない、何だか嫌な予感がする声で僕に呼び掛けてきた。

「なに?」
「え…っと、その…」

なかなか言い出さない彼を無視して、通話を終わらせようと、携帯電話を離しかけたところでようやく話し出した。

「ま、前にお前が言ってた…あ、あ、あれに付き合っても…いいと思って」
「あれって何?」
「前に電話で、おっ、お前がしたいって言った、あ、あれだ」
「…もしかして電話でセックスしようって言った事?」
「………」

問い掛けに応える声は無かったが、それが肯定である事は分かった。
確かに以前、随分と会えない期間が続いた際にそれを獄寺に持ちかけた事があったが、普段のセックスでさえすんなりと応じる彼では無い。当然電話で、なんて無理な事で、いつも以上に強い拒否により却下となった。
あの時、「そんな事出来るわけ無い!絶対無理!って言うか、そんな事言うお前に引く!サイテー!!」と宣ってくれたのはどこの誰だったっけ?そっくりそのままお返ししてやりたい。
思わず溜め息が漏れると、電話越しにその呆れた溜め息が聞こえてしまったらしく彼が喚き出した。

「何だよ!お前がしたいって言ってたから、付き合ってやろうと…」
「あのね…僕は君みたいに遊んでたわけじゃないんだよ。疲れてるし、悪いけど付き合ってられない」
「いつもはオレが嫌がっても無理矢理するくせに!!」
「君が嫌がるのなんて毎回でしょ。そんなのに構ってたら一生出来ないよ」

僕のその言葉に激昂したらしい彼が、更にギャーギャー騒ぎ出した。
…煩い。



最速で眠るため。と言いたいところだが、やはり僕は彼の我儘には弱いし、…そして、まぁ、僕だって男だし、恋人から誘われたら乗りたくもなる。それが滅多にお誘いなどしてくれない獄寺からであれば尚の事。更に言うなら、数年来遠距離恋愛している僕たち。最後に彼とそういう事をしたのはいつだったっけ?と、振り返ってみても、甘い一夜を引き出すまでに少々時間がかかる程、以前で。
今日幾度ついたか定かでない溜め息をまた一つ。彼の言う「いやらしい事」とやらに「仕方なく」付き合ってやるんだ、というポーズは崩さずに応じた。



「ヒバリ」
「うん」
「名前呼んで」
「獄寺」
「…そっちじゃない」
「…隼人」

相変わらず眠気はあった。横になって枕に頭をつければ5秒と経たずに寝られると思う。
でも、滅多に無い恋人の誘いを逃す事も出来なかった。
ここ数日一睡もせずに頑張ってきた。あと数十分の辛抱、と自分を励ましつつ恋人の電話越しの自慰に協力する事となった。

「君、どこにいるの?」
「ぅっうん。…ベッドの上。…んぁっ…い、つもお前と抱き合うベッド…あっ…」
「…この前の君も可愛かったな。もう、下に触ってるの?」
「ぁぁっ…ん…触ってる。お前がいつもしてくれるみたいに…はぁ…硬くなって、濡れてる…あっぁ…」

酔いの所為であろうか、随分と正直に自己申告してきてくれる。
それにしても、こんな恋人の声を聞いて冷静でいられる男がいるだろうか?当然僕だって煽られて反応しそうになるが、兎に角本当に疲れていて、一刻も早く終わらせて眠りたかった。今はとりあえず彼を気持ち良くさせてイカせる事に集中しよう。

「気持ち良い?」
「ぁん…はっ…きもちいい…やぁ…っあ…ヒバ、リ…」
「うん。ちゃんと聞こえてるよ。いやらしくて、可愛い声」
「バカヒバリ。んな事言うくせ…はぁ…なんでオレの側に居ないんだよ」
「うん。ごめんね」

側に居ない、なんて今更な事で詰られ、それは僕だけの所為では無かったし、相変わらず可愛くない言い種ではあったけれど、彼にしては素直に言ってくれたので、僕の口からもすんなり謝罪の声が出た。
そうしてすぐに、ぐす。と、鼻を啜る音が聞こえた。

「獄寺?」
「ヒバリ…なぁ、いつもみたいにキスして。ぁんっ…触って、挿れてくれよぉ…」

本格的に泣き出してしまったようで、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら僕を求め、自分を慰めているらしかった。
一体何事であろうか?
滅多に電話など掛けてこないくせに、珍しく掛けてきたと思ったら僕の安眠を邪魔して。酔っ払った状態でやはり、いつもは言わないような事を言うし、今までした事ない事を強請るし。そして一瞬前までそんな状態であったかと思えば、今度は突然泣き出してしまった。いつも一緒に抱き合う時だって、焦らしすぎて、涙を零す事はあっても、こんな風に…切ない感じで泣いたりはしない。
全く訳が分からないまま、彼の鼻を啜る音と、荒い呼吸の音を聞いていた。

「あぁ…ひば…り、…もう…」
「いきそう?」
「ぅんっ…あぁ…ひばり…ひばりっ…」

すでに限界は目前らしく、いつも僕がしてあげる時と同じように、僕の名前を呼ぶ獄寺。
いつもと同じように何度も彼の名前を呼ぶ。一緒の時は、こちらの理性を根こそぎ奪ってしまうような、いやらしくて、綺麗で可愛い顔で、僕を無意識に誘ってくる獄寺。いつもは請われるままにキスをするのだが、さすがにイタリアと日本…受話器越しではキスはしてあげられない。
せめて、隼人、と何度も名前を呼んでその合間に、愛してる、キスしたい、大好き、可愛い、抱きたい、と挟めば、彼はそれに、うん。とか、オレも。とかいちいち応えてくれた。そして泣きながら、あえかな声で僕の名前を呼んで、射精まで行き着いてしまった。
荒い息が段々と整ってきても、ぐずぐずと鼻をすする音は止まなかった。

「獄寺。大丈夫?」
「…うん。もう寝る。邪魔して悪かったな」
「ううん。大丈夫だよ。落ち着いたら連絡する」
「うん」
「おやすみ」
「…おやすみ」

彼の涙の理由が気になりはしたが、ようやく寝られる…そう思って、通話を終えた携帯電話を枕元に放り、目を閉じた時だった。
寸前に目に入った携帯電話の待ち受け画面。そこに表示されていた日付を見た瞬間、とある事に気が付き上体を起こした。
たった今放ったばかりの携帯電話を慌てて手にして、獄寺に電話するも、電源が入っていないか電波が届かないと言う役に立たないアナウンスが流れるだけ。
舌打ちと共に電話を切って、すぐに別番号へと掛け直す。頭と肩で電話を挟んだ状態で通話の相手に指示を出しながら、手早く身支度を整えて、駆け足で家を飛び出した。



乱れた呼吸を整えるのももどかしく、腰に吊るしたチェーンに幾つか通した鍵のうち、一番使用頻度が低い、でも、使う度に僕を嬉しい気持ちにさせてくれるそれを手にする。もっとも今は、彼に会える嬉さよりも何よりも、僕と会った後の彼の反応が怖かった。しかし、兎に角彼に会わなくては、と鍵穴に鍵を差込み開錠して、イタリアで彼と一緒に過ごす家の中へと入った。 真っ直ぐに向かった寝室。そっと扉を開いて中を窺うとベッドの上に人…覗く銀色の髪の毛から獄寺である事は間違いない。
音を立てないように、と言っても毛足の長いラグが敷かれているので、そこまで慎重になる必要はないのだけれど。彼がうつ伏せで横になるベッドまで近付き、その端に腰掛けた。
顔に掛かった髪の毛を払えば、泣いた所為であろう、伏せていても厚ぼったく腫れた瞼が窺えた。自分の冷たい指先で冷やすように触れてみると、常よりも熱いそこに心臓が痛んだ。
そうして震える瞼に、指を退かせば、ゆっくりと瞼が持ち上がり、幾度か瞬きを繰り返す。
「獄寺」

呼び掛けると、こちらに視線が向けられた。
視線も感情も定まっていなかった瞳が、僕を認識した途端、カッと見開かれ、頭を預けていた枕をむんずと掴む。上体を起こしながら勢いよく腕を振り、手にした枕を僕に叩き付けてきた。
普段であれば避けるなり、防ぐなりするそれを甘んじて受ける。

「この!バカッ!ヒバ!リッ!!」

節毎にバシバシと枕で殴られる。そうたいして痛いわけではないが、それなりに衝撃はある。辺りには僕を叩く枕から飛び出した羽毛が舞っていて、その向こうに見える獄寺の瞳は怒りで燃えていた。
彼の緑の瞳は怒りの炎を纏い、キラキラと輝いていた。その瞳を見て、僕はようやく人心地がついた。
泣かれるよりも、こうやって怒っている方が余程良い。
ずっと昔…僕が彼を好きになった切欠はやはりこの峻烈で鮮やかなエメラルドの瞳だった。それまで他人を好きになった事がなかった僕が唯一惹かれたのが、彼のこの瞳だった。
そして、唯一僕が苦手とするものが彼の涙。緑の瞳の輪郭がゆらゆらとあいまいになっていく様を見るのはすごく苦手だった。長い付き合いではあるが、艶事以外で泣かれると、未だにどう対処していいのか分からない。
でも、こっちの彼なら日常茶飯事でお目に掛かっているので、多少心得ているつもりだ。

「サイテーだっ!」
「うん。ごめん」

今回は確かに僕が全面的に悪かった。謝罪の言葉は家を飛び出す以前から脳内を巡っていた。そして、ようやく口に出したそれだが、まだまだ言い足りない。彼が許してくれるまで、彼の怒りが静まるまで、何度でも謝るつもりだ。

「本当にごめんね」
「お前っ!本当にバカだな!今言うのは、それじゃねぇだろっ!」

相変わらず止まない枕での殴打。ボスボスと、枕がぶつかる音に混じって聞こえた彼の言葉。
あぁ…そうだった。僕は彼にまだ伝えていない…。
振りかぶられた枕に手を掛けて、そのまま取り上げてみてもさしたる抵抗は無く、僕はようやく一番肝心な台詞を口にした。

「誕生日おめでとう」

遅ぇんだよ。バカヒバリ。そう言って不機嫌に笑った獄寺。
僕が一番大好きな彼の笑顔…にはちょっと遠かったけれど、僕の顔にも自然に笑みが浮かんだ。



「中学の頃のお前は今思えば出来たヤツだった。オレが何も言わなくてもすっ飛んできてくれたし。それがまさかこんな甲斐性無しになるとはなぁ!」

不機嫌ながらも笑ってくれた獄寺。とは言え、すんなり許してくれる気はないらしい。肩甲骨と背骨が綺麗に浮いた背中をこちらに向けて、先ほどから嫌味を言い続けている。
中学時代の事を持ち出されたが、生憎そんな事をしたなんて全く覚えていないし、あまりに昔の僕を誉めそやすのが面白くない。
昔の自分に嫉妬するなんて、我ながら情けないとは思う。いつもなら悋気を隠す事なく露にする僕だけれど、今回ばかりはそういう立場でも無く、ただただ獄寺の言う事を黙って聞き続けていた。
しかし、獄寺の背中と声の調子から本気の拒絶は感じられず、恐る恐る背後から腕を回して抱き締めれば、存外あっさりとその身を委ねてくれた。
その事にほっとしつつも、もう一つ謝らなければならない事があった。

「ごめん。あと…重ね重ね申し訳ないんだけど…誕生日のプレゼント、用意出来てないんだ」

ここ最近財団の業務に忙殺されていた所為で、獄寺への誕生日プレゼントを買うことはおろか、その肝心の誕生日まで忘れる始末。
そんな僕に彼は笑ってくれたけれど、やはり折角の誕生日、お詫びの気持ちも兼ねて何か贈りたいと思い、これから一緒に買い物に行く事を提案したのだが、彼は僕の腕を拒むようにうつ伏せになり、枕にしっかりと顔を埋めてしまった。

「お前、オレの欲しいものまで忘れたのかよ?」

くぐもった声で僕を詰問する獄寺。

え?誕生日に引き続き、彼の欲しいものまで忘れてる?
いくら記憶を辿って考えてみても彼からのプレゼントのリクエストを思い出せず、そして誕生日を忘れていた時の事を思い出して再び血の気が引く。
しかし、そんな僕の耳に入ってきたのは、怒りも悲しみも無い獄寺の声。

「電話で言っただろ?側に居ろ、キスしろ、って」

そうしてこちらに向けられた顔は悪戯を思いついた子供みたいな笑顔で笑っていて、僕は安堵すると共に可愛い事を言ってくれた恋人に堪らない気持ちになった。
御所望のまま、寝そべる彼に覆いかぶさってキスした。息が苦しくなるくらいに激しいキスを。
そして、息継ぎがてら顔を離して、「確か、触って挿れて。とも言ってたよね」と笑って言えば、顔を真っ赤にしながら、調子に乗るな。と叱られてしまった。
けれど、そんな態度とは裏腹に、細くしなやかな火傷の痕が目立つ指で目元をそっと優しく撫でられた。

「ひどい顔だな」
「ここしばらく寝てないからね」

応える僕の声には隠し切れない疲労が滲んでいたと思う。
仕方無ぇな…獄寺はそう呟いて、彼の上に乗り上がっていた僕の体に手を回してきた。そして、そのままコロリと体勢を変え、向かい合って横になる。

「獄寺?」
「こんなみっとも無い顔した恋人連れて外に出るなんて、ボンゴレ10代目の右腕の名折れだからな」

君もいつもより不細工になってるよ。とか、アイツは関係無い。とはさすがに言わなかった。
ぎゅっと胸元に抱き込まれ、息苦しさを覚えた瞬間、頭の天辺に柔らかい感触。

「おやすみヒバリ。プレゼントありがと」

獄寺からの就寝の挨拶と、渡した気がしない誕生日プレゼントについての礼を言われて僕は脱力した。
これから彼の誕生日プレゼントを買いに行ったり、一緒に食事したり、このベッドの上で抱き合ったり。
しなければならない事、したい事は山のようにあったけれど、それより何より正直今の僕が一番欲していたものを彼から許されて…思わず泣きそうなくらいに嬉しくなった。実際ここ数日ろくに寝ていない瞼を下ろした時、酷使し過ぎた目には生理的な涙が滲んだ。
あぁ…ようやく寝られる。

自分の事よりも僕の事を優先してくれる彼に、愛しい気持ちが込み上げてくる。彼を好きになってずいぶん経つけれど、こうやって日々、彼を好きだと思う気持ちは増していくばかり。
際限無く彼を好きになっていって、僕は一体これからどうなっていくんだろう?
確かな答えはずっと先にならないと分からないけれど、これからもずっと彼の側で誕生日を祝っていけたらいいと思う。
…遅刻しないように、ね。

おやすみ獄寺。
誕生日おめでとう。



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獄寺くん誕生日おめでとう!
愛と祝福を君に!!


2009.10.25



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