安眠



オレがシャワーを浴びて寝室に戻った時には、すでに室内は真っ暗で。カーテン越しに届いた弱い月の光が照らすオレのベッドには、こんもりお山が出来ていた。
ベッドに出来ている山…中身は先ほどまで人の体を散々好いようにしていたヒバリである事は間違いない。
一人暮らしのオレの家にあるベッドはコレ一つ。因みに客用の寝具なんて気の利いたものは無い。

ベッドに近付くと丸い頭のてっぺんだけが上掛けから出ていて、中からすうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。
はなから忍耐力なんてものを持ち合わせていないオレは、先ほどのコイツの身勝手な行為で既にムカついていたのに、更にコイツの穏やかな寝息を聞いて、キレた。

こちら側に背中を向けるようにして寝ていたヒバリの、その恐らく背中であろう辺りを蹴り付ける。
途端に穏やかな寝息が聞こえなくなって、代わりに怒りのオーラが見えた気がした。
思わず小さく震えてしまったのは、ちゃんと乾かしていない髪の毛の所為……にしたい…。

「咬み殺されたいの?」

ゆらりと起き上がったヒバリは半眼でオレを睨むと、常よりいくらか低い声でそう言った。
思わずその怒気に気圧されそうになるが、そんな自分を叱咤して、オレも負けじと言い返す。

「人のベッド独占してんな!せめて端に寝ようとか思わねぇのかよっ!?」
「僕が人と一緒になんて寝れる訳ないじゃない。あと、夜中にギャーギャー煩い。近所迷惑」
「この家の防音は完璧なんだよ!」
「へぇ…だから、さっきもあんなに大きな声で喘いでたんだ…」
「っ、テメェ!」

サイアク!!
オレに忍耐力が無い以上にコイツにはデリカシーってもんが無い!!
もう、これ以上コイツと話をしたくなくて、部屋を出て行こうと踵を返したオレの背中にボスリと何かが投げ付けられた。
こめかみを引き攣らせながら振り返った足元には毛布が落ちていた。

「仕方無いからそれだけ恵んであげる」

偉そうな物言いに、やはり腹が立ったが、もうこれ以上言い合いをする気も起きず、毛布を引き摺ったまま寝室を出た。
何だって家主のオレが寝室を追い出されなきゃいけないんだよっ!
ソファに横になって、あらん限りの呪詛の言葉を頭に浮かべながら目を閉じる…怒りで寝られないのではないかと思ったのはいらぬ杞憂であった。
皮肉にも先ほどのヒバリとの行為で実はヘトヘトだったオレは、知っている呪詛の言葉を全て思い浮かべる前に意識を手放していた。




力の限りで扉を閉めて出て行った獄寺。
溜め息をついて、再び身を横たえる。

…バカだ。一緒になんて寝られる訳が無い。
あの子が手の届くところに居て、何もしないなんて事、僕には出来ないのだから。
一応彼の為に言ってあげたのに………もっとも、そう取ってもらえないのも普段の僕の行いからすれば仕様が無い事だけど。それも全て、飽きる事の無いあの子の所為にして。

僕は大きなあくびを一つして、彼の匂いのする上掛けを頭から被った。
今日はよく寝られそうだな…そう思っているうちからすでに意識は無くなっていた。



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2009.3.17 1859Online



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