手を繋ぐ



家でヒバリと二人並んでテレビを見ていた。
別にそれを見ようと思っていたワケではない。
点けっ放しにしたテレビが流していたそれに、其々違う本を読んでいた顔を上げ、つい見入っていたのだ。

「なぁ…お前アレ出来る?」
「…さぁ…やった事ないけど…さすがにあそこまでは無理でも普通に滑るくらいなら出来るんじゃないの?」
「オレ…やってみたい」
「いってらっしゃい」
「お前も一緒に行くんだよ!」
「やだよ。面倒臭い」
「…お前、滑れないかもしれないから嫌なんだろ?」
「は?僕が出来ない訳ないでしょ」
「それなら証拠見せてみろよ」

と言う遣り取りの末、人生初のスケートをしに行く事になったオレとヒバリ。
オレの挑発に乗りつつも、しかし一緒に行く条件として、ヒバリはおかしな注文をつけてきた。



「この格好に何か意味があんのか?」
「まぁ、そのうち分かるよ」

オレは普段とは趣の違った格好で姿見の前に立っていた。念の為に、身を捩って背後を確認するが特におかしな所はなさそうだった。
一緒にスケートをするにあたりヒバリがつけた注文とは、ヒバリがコーディネイトした服を着る、という事だった。
どんな服を着せられるのかと、ちょっと心配していたのだが、用意された服は別に大した事が無い至って普通の服で…この格好に何の意味があるのか分からず、却ってそれを恐ろしく思ってしまうのは普段のヒバリの所業の所為だな…。

スケートリンクは並盛には無いので少し離れた町まで出かける事になっている。てっきりバイクで行くのかと思いきや、珍しく電車で行くらしい。
電車乗った事あるのか?とか、切符買えるのかよ?なんてつい冷やかして、危うくトンファーを振るわれそうになってしまった。
休日の朝という事で電車内は程よく空いていて、小一時間ほど揺られて目的の場所に到着。
其々のサイズに合ったスケートシューズを借りていざリンクへ降り立つ。
ちょっとヨロヨロしたが転ぶ事無く立てたオレ。後から来ているヒバリの方をゆっくり振り返る。

「ヒバリ!立てた…ぞ!!?」

って、振り返った瞬間、リンクに降りたヒバリが滑ってケツを強打している決定的瞬間を目撃してしまった!
今まで見た事が無いヒバリの姿に一瞬呆気に取られ、その後思わず大笑いしそうになったが、寒いこのスケート場の気温が更に低下しそうな程に不機嫌なヒバリの顔を見て、オレも凍りついた。一応手を貸してやろうと、かなりゆっくり&フラフラではあったがヒバリの元へ近寄る。

「だ、大丈夫か?」

オレの問い掛けも、差し出した手も確り無視して、何とか立ち上がろうとするヒバリ。
しかし、まるで生まれたての仔馬のようにフルフル震えたかと思うと、立ち上がりきる前にバランスを崩す。
笑いを噛み殺そうとしたのも束の間、咄嗟にバランスを崩したヒバリの体を支えようと手を伸ばすが、結局オレも巻き込まれて二人して転んでしまった。ヒバリを下敷きにしてたので大したダメージは無かったが、ヒバリは先程と同じくケツを強打したらしく顔を顰めていた。

「ご、ゴメンっ!!」

慌ててヒバリの上から退いて、何とか立ち上がる。
ヒバリも今度は何とか立てたが、やっぱり安定しなくて危なっかしい。結局向かい合うようにして両腕を掴み合ったオレ達…。
男二人で恥ずかしい…。って思っているとヒバリがリンクに下りて初めて口を利いた。

「君の今日の格好…女の子に見えない事も無いんだよね…」
「は…?」
「その格好なら手を繋いでても変な目で見られないと思ったんだけど…これは却って逆効果だったかな…」
「………」
「だってこれじゃぁ女の子に手を引いてもらってるみたいだ…」

呆れた…コイツそんな事考えてたのかよ…。
ちなみに今日のオレの格好はロングのセーターにショートダッフルを羽織り、細身のデニムを穿いている。足元は今はスケートシューズだが、履き替えるまではムートンブーツだった。更にニット帽とマフラーで完全防備。ヒバリの言う通り、一見男か女か分かり辛い格好だったし、ヒバリと手を繋いでいたとしたら、女に見えない事もないだろう。

コイツの思惑では滑れないオレに自分が手を貸してもいいようにとの事だったらしいが、まさかその手を貸すはずの自分が滑れないとは予想外だったらしい。
騙されたみたいでちょっとムカついたが、いつになく格好がつかないヒバリを見てるとそれも吹き飛んだ。こんなヒバリが見られるなら多少の事は我慢しよう。
そして折角の好機だし、滑れないヒバリの些細な望みくらい叶えてやろうと思った。

ヒバリのご要望通り手を繋ぎ、ヒバリにとっては不本意だろうがオレがその手を引いて覚束無いながらも手摺まで滑って行った。
しばらく手摺り近辺で滑ってオレはコツを掴んだのだが、一体どうした事かヒバリが一向に上達しなかった。


「お前まさかオレと手を繋ぎたくてわざと滑れない振りしてんじゃないよな?」

つい、こんな事を言ってしまうのも仕方無いよな…まさかコイツのこんな姿を見る日が来ようとは…。

「そうだったら良かったんだけどね」

への字になった口がそうではない事を物語っていて、思わず笑いが込み上げてきて、堪える事なく表せば、当然の事ながら睨まれてしまった。…だけどさ…いつもの迫力が無いんだよな。
オレは笑いながら、トンファーを振るわれる前に射程距離外へと逃げ出した。

そうしてヒバリと離れて一人で滑っていると、男に声を掛けられた…それも一人や二人ではない。
遠くからヒバリがすごい形相で睨んでいるが如何せん移動もままならない不自由な身ではお得意の「咬み殺す」も発動できなくて。
まぁ、ヒバリに頼るまでも無く自分で追い払えば良いので何の問題も無いんだけどな。口を利けばオレが男だと分かって、相手はそそくさと退散していくので大した労力では無い…しかし只でさえご機嫌斜めなヒバリの事を思うと後が恐ろしい。いい加減鬱陶しくなって、すっかり手摺と仲良しなヒバリの元へと向かった。

「もう帰ろうぜ」

ヒバリは未だ滑れない事に納得いかない様子だったが、この調子では今日一日粘っても滑れるようになるとは思えない。オレは滑れるようになったけど、ヒバリから離れていると男から声を掛けられるだけ。そして向こうから勝手に言い寄ってこられただけなのにヒバリの機嫌は悪くなるし。……腹を立てるんなら、確り助けに来いってんだ。この甲斐性なしめ!


帰りの電車内。振動と、温かさが眠気を誘う。心地良さに身を任せながら、とある事を思い付いた。
…いつもなら絶対しないが、ヒバリからしていつもと違ったのだから…と、ちょっと緊張しながら…ヒバリの手に触れて…手を繋ぐ。

珍しいオレの行動に(一応自覚はある…)ヒバリは驚いたらしく、ピクリと体が震えたのが分かった。ヒバリの驚いているであろう顔を見たいという誘惑はあったが、それ以上に恥かしさが募ってきて顔を上げる事なんて出来ない。

真っ赤な顔は俯けばバレないし、更に赤い耳は帽子の中に収まっている。ただ、ヒバリの冷たい指に比して益々熱を上げるオレの手の平は隠しようが無かった。

やらなきゃ良かったと後悔しまくりのオレの手を、ヒバリがギュっと握ってくれた。その行動で少し落ち着いてくれたオレの心臓。
ようやく寝られる…と、ヒバリに凭れ掛かって目を閉じた。



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2009.4.26 1859Online



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