「よ。久し振り」

軽い挨拶に見合った軽そうな容姿…しかし、その立場は決して軽いものではなく、傘下に5000のファミリーを持つマフィアのボスである…一応。
全くそうとは感じさせない気さくさで、オレの隣へ腰掛ける跳ね馬。
やけに近い距離に思わず眉間に皺が寄るのが分かった。

「何で手前ぇが来んだよ」
「え〜?だってハヤトが直々に来るって言うからさ。こんな騒がしいところじゃなくて、うちに来てくれれば良かったのに」
「オレだって暇じゃねぇんだよ。…ロマーリオは?」
「お留守番」

ディーノの一言に思わずまじまじと顔を見てしまった。

「大丈夫。別の部下連れて来てるから。…ハヤト、オレの心配してくれたんだ?」
「誰が手前ぇの心配なんかするかよ。回りが迷惑するだろ、お前が一人で行動してると…」
「うん。うん。そうなんだよな〜。だからお前が部下になってくれれば、オレすっげぇ良いボスになれるんだけどな」

また、始まった…。すぐにこうやって人を自分のファミリーに入れようとする良くないコイツの癖。 しかも、腹の立つ事に充分魅力的なこの男が、一言誘いを掛ければその配下にすぐに人が加わってしまうという性質の悪さ…。
溜息をついて手にしたグラスを傾けた。

「どうでもいいから、早く渡せよ」
「何を?」
「何を?じゃねぇだろ。早くしろ、お互い暇じゃないだろ」
「オレは大丈夫。ちゃ〜んと時間空けてきたし。ちなみに必要な情報は頭ん中。じっくり引き出してみろよ」
「お前……ふざけんなよ」
「ふざけてないよ。本気」

やけに真剣な声と顔でそう言って、オレの腰に手を回してきた跳ね馬。空いた手でオレが口に咥えていた煙草を取り上げこれ見よがしな仕草でそのまま自分の口に咥えると、深くそれを吸い込んだ。そのまま耳の後ろに唇を寄せて囁くように紫煙を吐き出した。

「相変わらず美人だな」
「止めろバカ!」

その体と距離を取ろうと動きかけた時、鈍い煌きが視界に入って反射的に跳ね馬の体を引いていた。 跳ね馬を庇うようにして身を晒しながら、同時に懐にある護身用の銃に手を伸ばす。



「何でそんなヤツ庇うのさ…」
「同盟ファミリーのボスを目の前で殺られるとさすがに体裁が悪いんでな」
「恭弥!」

跳ね馬に向かってトンファーを振るったヒバリがオレの眼前に立っていた。
オレの背後で跳ね馬が嬉しそうな声をあげる。

「久しぶりだな。いつこっちに来たんだ?」
「帰るよ」

跳ね馬の質問を無視してオレの腕を引くヒバリ。しかし、それより素早く跳ね馬の腕がオレの首と腹に回された。

「え〜!久々なんだしゆっくりしていけよ。3人で楽しい事しようぜ」
「ヒバリ、オレも一応仕事あるし。…跳ね馬、お前も手ぇ離せよ」
「仕事はもう終わりだよ。必要な情報は僕が持ってるから」
「「え?」」

不意打ちの一言に緩んだ跳ね馬の拘束の隙をヒバリが見逃すはずもなく、掴まれた腕を力強く引かれ、咄嗟の事に踏ん張りが利かず、ついヒバリの胸元に倒れ込むようになってしまった。顔は見えなかったが、触れたところから嬉しそうなヒバリの気配が伝わった。恥ずかしさに離れようとしたと同時にヒバリが歩き出した…オレの手を掴んだまま。

「と言うわけだから、じゃあね」

呆気に取られた跳ね馬をその場に残し、店を出た。

「ちょっ!ヒバリっ!何でお前が情報の事を知ってるんだよ!?」
「これを入手するついでにね」

オレの質問にヒバリがポケットからとある物を取り出す。ヒバリの指先でくるりと回る小さな匣。
「はい。これはお土産」と言ってオレの手の平にそれを落とす。

「本題の情報は…」

急に襟足の髪の毛が引っ張られ、強制的に顔を上げさせられる。掴まれていた髪の毛は離され項に手を回され、ヒバリの方へと引き寄せられる。
ほぼ変わらない視線の先にはヒバリの黒灰色の瞳が近付いてきていて…いつまでもその瞳を見ていたいと思うが、柔らかい唇と熱い舌を感じてはそれも叶わず…瞼を下ろし、ヒバリの背中に手を回そうとした…が、オレの口内を蹂躙していたヒバリの舌が、いつものしつこいキスが嘘のように、あっさりと離れていき、再び襟足辺りの髪の毛を強く引かれた。

「酒臭い、煙草臭い、馬臭い」
「は?」
「本題の情報はキスで渡してあげようと思ったけど、こんなんじゃ代価に足りないな…」
「はぁ!?」
「情報はシャワーの後、ベッドの上で上手にお強請り出来たら教えてあげる」
「はぁっ!!?」
「ほら。行くよ」

なんつー恥かしい事を…!!
ヒバリの台詞に固まっていたオレは再びヒバリに手を取られて、半ば引き摺られるようにして歩き出した。
代価以上の物を搾り取られそうな予感に思わず体が震える。
跳ね馬に付き合った方が余程ましな気がして、踵を返したかったが見た目よりも馬鹿力なヒバリの拘束を解く事は出来ず。…あえなくバスルーム経由でベッドへ連行されてしまった。

情報収集は自分で。
…翌日あらぬところまで痛む我が身を嘆きながら、そう決意した…ベッドの上、ヒバリの腕の中。

2.酒と煙草とオヤジ臭



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2009.3.25 1859Online



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