突然後頭部を襲った衝撃。
何が起こったのか分からないまま、口に咥えていた煙草が落ちていくのがやけにゆっくりと目に映った。
フェンスに手を掛け、崩れ落ちるのだけは何とか堪える。後ろに視線を転じると、トンファーを構えたヒバリが立っていた。
殴られてから気付くなんて間抜けな自分に舌打ちをしたかったが、再びヒバリがトンファーを振るってくるのが見えて、慌てて避けようと体を動かすが間に合わず。今度は側頭部への打撃。とうとう堪えきれずに勢いよく倒れてしまった。
「何回言えば分かる…?…煙草は止めろって」
「何回言われても分かんねぇよ」
殴られた頭の痛みを堪えながら、上半身を起こしてポケットから煙草とライターを取り出す。
虚勢だと自覚はあるが、なるべく嫌味っぽく見える表情を浮かべながら煙草を口にする。
当然ヒバリがそんなオレの行動を見逃す訳もなく、一瞬ヒバリの周囲の温度が下がったような錯覚を覚えたと思った途端、左の頬がカッと熱を持った。
トンファーで殴られたのだ、と気付いてから痛みが遅れてやってきた。
先ほど起こした上半身は、再び屋上のコンクリートの上に逆戻り。
腰の辺りにはヒバリが馬乗りになったままトンファーを振って、付着していた血を払っている。
口の中には血の味が充満していて、横を向いてその血を吐き出そうとしたところでヒバリに顎を掴まれた。
「いい眺め」
先ほどのオレの虚勢から出たそれとは違う、完全に嫌味な笑みを浮かべながら、オレを睥睨するヒバリ。
ムカつく程にその表情が似合っていて…つい目を奪われてしまった。
そうして、そんなオレの視線に気付いたヒバリが更に笑みを深くする。
「おいしそうだね」
ヒバリが呟いた言葉の意味が分からないまま、ヒバリがその身を倒してきた。
目の前に漆黒の瞳が見え、目を閉じる間も無く唇に柔らかい感触を感じた。
しかし、それを大人しく受け入れられる状況でも心境でもない…ムカつくその唇に歯を立てれば、珍しく慌てたような動作でヒバリが身を起こした。
離れて、認めたヒバリの唇はどちらのものとも分からない血で染められていて…そんなヒバリを見て、ようやく胸がすいた気がした。
「癖が悪ぃぜ、センパイ」
「君こそ…生意気」
「でも、そういうのが好きなんだろ?」
オレの言葉に一瞬驚いたような表情を浮かべたヒバリ。
滅多に無いヒバリの表情の変化にオレの気分も少し浮上する。
「本当、生意気」
渋面で、そう言いながら再び降りてきた口付けを、今度は目を閉じて大人しく受け入れる。
口に広がる血の味が少し甘いのは何でなんだろう…。激しくなる口付けに、それを考えられる余裕はなくなっていった。
4.互いの血の味
終
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