先日ようやく思いを告げ、その思いを受け入れてくれた恋人・獄寺隼人。
今、その彼が僕の隣に座って雑誌を読んでいる。

応接室に置かれたソファ。
そこに座って書類を確認していたところに、授業をサボる獄寺が現れた。
一応風紀委員として注意はしたが、もちろん彼がここを訪れてきた事が嬉しくない訳ではない…いや、はっきり言って嬉しい。
顔に喜色を表す事がないように…だって風紀委員がサボりを推奨する訳にはいかないからね。
でも、内心注意を受けて彼が出て行ってしまうのではないかと、少し緊張する。
まったくこんな事くらいで、情けないと思わないでもないが、それだけ彼の事を好きなのだから仕方無い。

「いーじゃん。偶には見逃せよ」

幸い彼は部屋を出て行くことなく、僕の隣に勢いよく座った。
うん。恋人特権で偶には見逃してあげよう。

しかし、僕の隣に座ってくれたのは嬉しいが、その近い距離…と言うか、僕に少し体を預けるようにして座る彼に、僕の心臓は早鐘を打ったように激しく鼓動していた。
二人きりでいるという事だけでも緊張しているというのに、この距離では到底平常ではいられず。僕のこの鼓動が触れて座る彼に伝わってしまうのではないか?と更に僕の焦りが増す。
なんとか平常心を取り戻そうと、手に持った書類に視線を落とすも、全く集中出来ず、僕の意識は彼が居る左側にばかり向かっていた。

そんな中、彼がポケットから何かを取り出し口にした。
煙草は駄目だ、と注意をしようと思ったが、お馴染みのあの白い棒状のものが見当たらない。
何を口にしたのか疑問を抱いていた中、彼の眉間に皺が寄って小さく声が聞こえた。

「どうしたの?」
「飴がまずい…」

校内に昼食以外の飲食物持ち込み禁止…と言うのは、今は置いておく。
口にした飴が余程美味しくなかったのか、眉間に刻まれた皺は益々深くなり、僕が見ていても可哀想な程で…無理して食べないで口から出すように伝えようとした時だった。

締めていたネクタイに手が伸ばされ、強く引かれた。
目の前に緑の瞳が見えたかと思えば、柔らかい感触…唇が合わせられたのだと気付くと目の前の緑の瞳が瞼に覆われた。
それを少し残念に思いながら、僕も目を閉じる。

真っ暗な視界の中、熱くぬめった獄寺の舌が僕の唇の間から侵入してきて、口内の感触だけがやけにリアルに感じられて…僕は軽いパニック状態。

え?え?初めてでいきなりコレ?

そう。…お付き合いを始めて、これが初めてのキスなんだけど……僕と君の初キスがいきなりディープキス?
しかも君から仕掛けられるなんて…!!

いきなりの事。想像と違って獄寺からの。しかもディープキス。
何とか集中しようにも、混乱状態の僕の頭ではその全てを詳細に捕らえる事が出来ない。
辛うじて合わせ直される唇の隙間や、鼻から呼吸をする事は出来ているみたいで、酸欠なんてみっともない状態を晒す事は避けられたけど…。

ちゅ、と小さく濡れた音を立てて離れていく唇…そろりと目を開けて見えたのは、音と同じく濡れた唇と、彼の緑の瞳。
あぁ…綺麗だな……と、余韻に浸る僕の頭の中に獄寺の声。


「な?まずいだろ?」

「え?」

「飴。まずくね?」

照れも余韻も、微塵も感じさせない顔で、ただ真剣に飴の味について尋ねてきた獄寺。
……ごめん…とてもじゃないけど、味なんて全く分からなかったよ…。
やけに慣れた様子でキスを仕掛けてきた彼に、これから先の事を思いやって小さく溜め息が漏れた。

5.緊張で味なんかしなかった




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2009.3.25 1859Online



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