2月3日



校内を若干青褪めた、途方に暮れたような顔でうろついていた獄寺を発見し、「いいものを持ってきたんだ」と、声を掛け応接室まで連れ立って歩いた。
ソファに勢いよく座ったところで、彼はぐったりと、目を閉じて大きな溜息をついた。

「参った…一体今日は何なんだ?」
「…どうしたの?」
「…朝から寿司持ったヤツ等がやたら寄って来んだけど…」
「………」
「鬱陶しいから撒いてたんだけど…いい加減疲れた…」
「ちなみにどんなのが来たの?」
「…えっと…朝家出たところから知らねぇヤツ等がウヨウヨいて、それから野球バカだろ。シャマルに、あと骸も何でか来たぞプラス取り巻きも」

まぁ、そいつらは後で咬み殺すとして…今日は2月3日、節分。関西の方で特に盛んな行事らしく、その年毎の方角に向かって太巻きを丸齧りするというのがあるらしい…。
獄寺の周りに寄ってきたヤツ等が何を考えてるかなんて分かり過ぎる程だ。

「早く此処に来れば良かったのに」

近頃の僕と獄寺の関係は何だか微妙な感じだった。
初めは群れてる小煩いだけの草食動物で、風紀を乱す彼とそんな彼を注意する僕。何度も衝突を繰り返していたけど、いつの頃からかその関係に変化が出てきた。
何が切欠だったかは覚えてないけど、彼と少しずつ会話を交わすようになって、そして意外に趣味思考が似ていると言うか、共感を覚える事が多くて…段々彼と一緒にいる事を心地良く思うようになって…今では一緒に居たいと望んでいる程で…。
そう思う理由に僕は心当たりがあったけど、彼が僕の事をどう思っているのかは分からない。こうして僕と一緒に過ごしてくれているという事は、少なくとも僕の事を嫌ってはいないという事だろうけど。

ゆくゆくはもっと深い関係になりたいと思ってはいるが、今はまだこの、心の安らぐような、気分が高揚するような…曖昧な関係でいてもいいと思っている。
そう思っていてもやはり彼の周囲にそういう意思を持った輩が近付くのは不快だった。
そんな時に真っ先に彼が僕の元に逃げ込んで来てくれるのはいつの事になるんだろう…急ぐ事は無いと思いつつも、早くその時がきて欲しい、と矛盾した事を考えてしまう。

「そうすれば良かった…。10代目が風邪でお休みされてるからノート取ろうと思ってたんだけどな…」

応接室に来れば良かったという彼の返事に(「10代目」という面白くない名前が聞こえたが…)とりあえず少し気を良くして、僕はある物を彼の眼前に差し出した。

「何だよ…これ?」
「開けてみて」
「……?」

訝しみながら獄寺が開けたのは風呂敷で包まれた重箱だった。
そっと重箱の蓋を持ち上げて、恐る恐るといった態で覗き込むようにして重箱の中身を窺っていた。
僕がそんな彼を観察して、しかもそんな子供っぽい行動を微笑ましく思っているなんて全く気付いていないようだが…もっとも、そんな事を思われていると知ったら、超絶照れ屋な彼はきっと応接室を出て行ってしまうだろう。
思わず笑ってしまいそうになる衝動を、咳払いなんて古典的な誤魔化し方で堪える。

中身を確認した途端、さっきまで眉間に皺を寄せていた表情が急に変わった。
エメラルドの瞳は益々綺麗に輝いて、高潮した頬に更に愛しさが募る。
そんな彼を見て自然に浮かぶ笑みを堪える事は出来なかったし、今度はその必要もない。

「どう?」
「凄ぇ!!…どうやって作ったんだ?…って言うか、コレ食えるんだよな?」
「もちろん」

重箱の中身は今日散々彼が逃げ回ってきた太巻。
まぁ、これは一本丸ごとではなく、彼が大好きなスカルや愛用の武器であるボム、彼の匣兵器であるネコの顔とついでに僕の周りに居付いた小鳥。そんなモチーフが太巻きに具象されていて、それらが見易いようにカットしていたけれど。

「これ、まさかお前が作ったとか…?」
「そうだけど」

そう返すと感心しきり興味津々で作り方等々を聞いてきて、今度実際に一緒に作ってみようという話にまで発展した。
とりあえずは今目の前にある太巻きを二人で食べる事にして。
馬鹿な草食動物達の余計な行いの所為で太巻きを嫌がられたらどうしようかというのは杞憂だった。
彼はご機嫌で用意した太巻きを食べきって、その後はそのまま応接室で放課後までを過ごしてくれた。
今年の方角を気にしたり、太巻き一本丸齧り、なんて事をやった訳ではないのだけど、訪れた幸せを僕は喜んで享受した。
今度はどんな巻き寿司を作ろうか…彼と二人で額を突き合わせて相談する2月3日の穏やかな午後。




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2009.2.5 1859net



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