喧嘩



ヒバリと喧嘩した。
きっかけは些細な事だった、と思う…今となっては原因なんて思い出せないくらいには。でも、きっと悪いのはヒバリだとオレは信じて疑っていない。
当然自分から謝ったりするつもりは微塵もなくて、3限目の英語をサボる場所を近頃定番のサボり場所である応接室からどこに変更しようか考えながら10代目と登校していると、校門前に黒い集団が見えた。
どうやら今日は定例の風紀委員による服装チェックの日だったらしい。真っ黒い時代錯誤な格好の集団の先頭に立つのは、昨晩から忌々しいほどに人の思考を独占している風紀委員長のヒバリ。
恐々と歩く生徒の群れに向けていた視線がふと此方を向く。そうして、オレの視線と合わさった瞬間すごい勢いで顔ごと逸らされた。
っ何だよ!?あの態度は!多少落ち着いてきたムカつきが、またぶり返してくる。
…でも、そうやって腹を立てていられたのも束の間だった。
いつもだったら、ばつの悪そうな顔や、何事も無かったみたいな顔でオレに話かけてきてくれるヒバリが、今日はすごく怒っていた。
喧嘩の理由は思い出せない。ひどい時は手足どころかお互いの得物まで持ち出しての本気バトルに発展する事だってあった。今回はそこまでではなかったけど…もしかして舌戦の最中にすごくひどい事を言ってしまった…とか…?もう付き合ってらんねぇとか、別れるとか、大っ嫌いは結構日常茶飯事で口にしてる…自分がヒバリから言われたら多分この世の終わり並みに落ち込むくせに…と言うかヒバリにそんな事言われた事は一度も無いけど。

オレもヒバリもお互い自分から折れるなんて出来ないタイプで、当然喧嘩をすれば長引いた。
付き合って初めて喧嘩した時は2ヶ月近く口をきかなくなって、もうこのまま終わるのか…と言うより終わってしまった、と諦めた頃にオレの強情さには負けるとヒバリが話しかけてきてその喧嘩はようやく終結した。
以来、最初の時よりは短い期間で、ヒバリからのきっかけで仲直り、と言うのがオレ達の喧嘩のパターンになっていた。
どちらが悪いとかではなく、ほんの些細な意見や価値観の違い、その時の虫の居所の悪さ、そんな諸々が重なって起こる日々の諍い。その度に毎回ヒバリが折れてくれて…、少しは悪いとと思うと同時に、ヒバリから好かれていると、嬉しくも思っていた。
今まではそうやってヒバリに任せきりで仲直りしていたけど、いい加減自分から折れるのにヒバリも我慢ならなくなってしまったのかもしれない。
…もしかしたら…もうオレの事を好きじゃなくなったのかもしれない。
仲直り出来なかったらどうしようどころではなく、嫌われてしまったかもしれないという想像で目の前が真っ暗になった。


「獄寺くん、大丈夫?…雲雀さんと喧嘩しちゃった?」
「あっ!はいっ!…スミマセン」

今日は授業をサボる事無く、全ての授業に出席して(サボり場所である応接室に行けないのと、うっかり見回り中のヒバリと遭遇するのが怖かったというのが一番の理由だが)、昼食も応接室ではなく、10代目と野球バカと一緒に屋上で食べる事になった。そうして、つい沈みがちなオレに10代目がお声を掛けて下さった。

「どうして謝るのさ」

困ったように笑われる10代目。そのお顔を見ていると光もなにもなくなった世界にいるような気持ちでいたけど、少し気分が浮上する。
ヒバリの態度と、オレの様子から一緒に登校されていた10代目にオレ達が喧嘩中である事がバレてしまったみたいだ。
素晴らしい直感力をお持ちの方だし、隠し事なんて出来ない。それに10代目に御心配をお掛けするなんて右腕失格だ。確りしないと…。

「獄寺くん…もう食べないの?」
「えっ!…はぁ…朝飯食べ過ぎたみたいで、あんまり腹減ってなくて…」

購買で買ってきたソーメンパンを一つ食べたきり。…ホントは朝飯食ってないのもバレてるかも。
と言うか…10代目の眉間に皺が…これは完璧にバレていそうだ。

「大丈夫だって!!何だかんだ言って、いつも直ぐ仲直りするじゃん!!」

渋面を浮かべられた10代目と、そんな10代目に焦るオレの間に野球バカが能天気に割り込んできた。

「何だよ、それ?」
「ヒバリとケンカしてるのが気になって飯が入んないんだろ?そんな落ち込む事ないって!」
「誰が落ち込んでるって!?」

自覚はあるけど野球バカに言われると腹が立つ。思わず怒鳴ったところ「「獄寺」くん」と、10代目までご一緒になって綺麗にハモられてしまった。
…オレ、そんなに落ち込んで見えますか?

「今日の喧嘩の原因は何?」

優しく10代目に聞かれて、思い出せもしない理由で喧嘩をしているとも言い出しづらく躊躇していると、10代目が思いついたような顔をされた。

「とっておいたおやつのプリン勝手に食べられちゃった?」

へ?
何を言われたのか理解出来ず、呆けていると更に山本に追い討ちをかけられる。

「この前獄寺が買ってた新発売の期間限定の菓子じゃね?意外にヒバリもジャンクなもん好きだよな〜」
「ち…ちが…」
「あれ?違った?…あ!オレと山本と一緒に行動してるのが気に食わないって言われたとか!?」
「いや!それは雲雀を説得して一緒に居てもいいって許可得たじゃんか。…もしかして体育の着替えの事かな?」
「いや。いや。それは獄寺君がいちいち応接室で着替えるなんて面倒臭ぇってキレてからはお咎め無しになったはずだよ?」
「えぇー…じゃあ何だろ…?」

その後も延々出てくる、オレとヒバリの喧嘩の理由。10代目と山本の勝手な想像…だけど、中には今までのヒバリとの喧嘩の原因となったものも確かにあって…居たたまれなくなったオレはその場から逃げ出した。
背後からオレの名を呼ぶ10代目(+山本)の声が聞こえたが、振り返る事は出来なかった。

そうして逃げ込んだ先は応接室…。ノックもしないで部屋へ入り、革張りのソファに突っ伏す。ヒバリが居たような気もするが、そんな事にも構っていられなかった。
恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!!
その思いだけがグルグルと頭の中を巡っていて、顔どころか全身が熱くなっていた。
あんな理由で!しかもそれを10代目がご存知なんて!!

「どうしたの?大丈夫?」

心配そうなヒバリの声が頭上から聞こえてきて、その優しい声に安心して、じわりと浮かぶ涙。喧嘩の最中だという事も忘れ、つい、オレは涙目のままヒバリに抱き付いてしまった。
あまりに様子のおかしいオレを心配したヒバリは優しくオレを慰めてくれて、期せずして仲直り出来てしまったが、この後10代目にどんな顔をして会えばいいのか分からないと言ったオレに「良い機会だから一生会わなければいい」と、返され、またもや喧嘩に発展してしまった。

10代目…オレ達本当どうでもいい…どころか下らない事で喧嘩してますよね。
でも、下らない理由で喧嘩する度に落ち込んで。仲直りしては嬉しくなって。そんな風に必死になるくらいには…ヒバリに惚れてるみたいです。




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2010.4.27



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