happy



「ひ、ヒバリ…っ」

こちらの焦った声を全く気にする様子もなく、喉の辺りで「うん」と返すヒバリ。
いや…そんな、思わず見とれてしまうような、いい顔されても…って、近ぇっ!顔が近ぇってば!
寄せられる唇を、顔ごと手の平でむぎゅっと押し返すと、さすがに不機嫌な顔をされた。

だって仕方無いだろ。
ここはとあるマフィアのボスの就任披露の会場。周囲は人だらけで、手を伸ばせば触れるほどすぐ側にも人の気配がある。そんな場所でおとなしくキスを受け入れられるわけがない。

「君…今日が何の日か覚えてる?」

不機嫌な顔のまま指先へ口付け。
そしてそれだけでは解放されず、更に中指の先をやんわり齧りながら問い掛けられた。

「お、覚えてるに決まってるだろっ!」

潜めつつも思わず返答に力が入る。
コイツがあんまりな事を聞いてくるからだ。


今日が何の日かって?もちろん覚えている。
忘れるわけがない。10年近く前からオレの特別な日になった。
5月5日…ヒバリの誕生日だ。

ちゃんと覚えていたし、日付が今日になったところを見計らってメールだって送っていた。…てっきり日本にいるもんだとばかり思ってたから、日本時間に合わせて、ではあったけど。
だって、まさかイタリアに居るとは思ってなかった。数日前に電話で話した時にはそんなこと一言だって言ってなかったし。

「うん。言ってないからね」
「な、なんで…」
「だって、君が僕との約束を反故してくれたお陰で、急に決まったから」

ニコリと嫌味な笑顔付きの返答。
コイツ…今日会う予定を断る電話した時は、拍子抜けしたというか、面白くないくらいにあっさりと了承してたけど、実はムカついてやがったな。

「こんなところで会うなんて、やっぱり僕達赤い糸で結ばれてるのかな…」

…そう、こんな血迷った事を、のうのうと言ってくるくらいには。
さっきまで齧られていた指先には、赤く艶かしい舌が這っていた。
ここにオレが居ると知っててコイツも来たんだろうし、わざとらしい普段言わない気障な台詞も、からかうつもりで言っているんだと分かりきっている。
「ふざけんな馬鹿!」とか「気色悪い事言ってんじゃねぇよ」とか「果てろ」とか…オレもいつもの調子で返せばいいんだと分かっている。
…いるけど、それでも顔が熱くなるのを止められなかった。

あぁっ!まんまとのせられるなんて、オレのバカっ!

いくら表情を取り繕ったって、赤い顔は誤魔化せないし、これだけ身を寄せていればオレの尋常では無い心拍数もヒバリに伝わっていると思う。
ヒバリのにやけた顔を見るのが癪で…それから赤い顔を見られるのが恥ずかしくて、顔を俯けるも、熱を持った頬に心地好い冷たさのヒバリの手が触れて、上向かせられる。
これだけは素直に認めてもいい、オレの好きな顔がお互いの息のかかる距離にあって…。
このまま流されてしまいたい…なんて、つい思ってしまったけれど、今の状況ではそんなわけにもいかず、胸を押して距離をとる。
当然ヒバリは不満そうな顔をするが、ここは付き合いのあるファミリー主催のパーティー会場の真っ只中。大きな窓ガラスと同じく大きなカーテンが端々に寄せられていて、そのたっぷりとした裾の中にヒバリによって引っ張りこまれて、この接近戦だ。
いくら重厚感があると言っても所詮は布きれ。こんな簡単な間仕切りではいつバレるやも知れず…ヒバリの背中でそれが揺れるのを見ては気が気でないというのに、コイツは全くお構い無し。
そればかりか硬いものを下腹あたりにぐいと押し付けられて、オレの焦りと顔の熱は増すばかりだった。
キッと睨んでみても、潤んだそれでは威嚇にもなりはしない。
ついさっき、うっかり格好良いなんて思ったヒバリの顔がちょっとやに下がったように見えるのがいい証拠だ。

「なにこんな所でおっ立ててんだよ」
「仕方ないじゃない。久々だし、君とこんなにくっついてるのに」

言いながら腰をぐいぐい押し付けてくんじゃねーよ!
久しぶりなのはオレだってそうだ。お前とこんなにくっついてて平静でいられるほど枯れてもいない。

最近すっかりご無沙汰だった体温。
耳に直接触れる息と声。
オレだけを見つめる瞳。
あからさまな欲。

真っ直ぐにオレを求めるヒバリをリアルに感じる。
ヒバリの事を罵ったものの、当てられた熱い塊はオレの熱も引きずり出していく。

くそっ!何が嫌かって、散々ヒバリの事を貶しているオレが、本当は嫌がっていないというのが…いや…むしろ嬉しく思っちまうのが、悔しくて恥ずかしい。
付き合って10年近くたつけれど、未だに素直に自分の好意をヒバリに告げる事は出来ず、そんな自分をヒバリが嫌になってしまうんじゃないかと悩んだこともあった。
でもヒバリはずっとオレの事を好きでい続けてくれている。
今では嫌われるかも、なんて不安に思うことはなくなった。ヒバリが10年間ずっとオレに伝え続けてきてそれを信じさせてくれたからだ。

オレだって本当はいつも伝えたいと思っている。言わなくてもヒバリには分かっているらしいけど、きっと伝えればヒバリは喜んでくれる。
今日は一年に一度、オレにとっても特別な日。それに託けて伝えてみようか…。

「ヒバリ…」
「うん」
「………」
「どうしたの?」
「あっ…あのな…その…今日…終わって…良ければ…ホテルのオレの部屋に来て…ほしい」

しどろもどろでようやく伝えれば、ぴくりとヒバリの体が震えた。

「渡したいプレゼントがあるんだ」

今日、渡すつもりだったシャツとネクタイ。それから、祝いの言葉…と言っても、全く祝ってないと書いたオレさえ思うようなカード。
並盛のコイツん家で、誰かが代わりに受け取ってくれているであろうそれらのプレゼントとは別のものをヒバリに渡したい。今日、ヒバリの誕生日に。


「楽しみにしてる」

緊張でうっすら汗の浮いたオレの額に柔らかく口付けると、ヒバリは二人きりの小さな空間から出て行った。
ドクドクと全身の血管が暴れまくっているような感覚を落ち着かせ、一人になってから縋り付いていた厚いカーテンを手放し、その隙間からようやく出られたのは、新しいボスの挨拶もとっくに終わった頃だった。



右腕失格と謗られても仕方ないようなおざなりな挨拶で会場を後にし、ホテルへと戻る。
そうしてオレの部屋に、そう間をおかずヒバリが訪ねてきた。

挨拶もせず…というよりそんな余裕も無く、ドアを潜ったヒバリのネクタイを引っ張り、キスをしながら乱暴にベッドに押し倒す。「ワオ」なんて面白がってるヒバリの声が耳に入ってきたけど、こっちはそれどころじゃない。
緊張の所為か、上手くシャツのボタンを外す事が出来なくて、いくつかボタンが飛んだ気がする。
…すでにお前の家に代替品が送ってあるから勘弁してくれ。

あぁっ!くそっ!コイツいつも手際よくオレの服脱がせるよな…なんて感心しながらベルトを外し、スラックスの前を寛げる。
下ろした下着の中身に口付けてヒバリを窺えば、驚きに彩られた瞳があった。
素直に想いを告げるより、口でする方が容易いなんて、本当オレも厄介な性格してるよな…。
でも、お前がこんなオレがいいって言うんだから、この面倒な性格が治るわけもない。

口に含んだものが確りとした硬度になるのに、そう時間は掛からず、そのままヒバリに股がって自ら腰を落してく。

「ちょっ…!いきなりは無理…」

オレのする事を驚きつつも大人しく見ていたヒバリだったけれど、オレ自らヒバリのものを後ろに入れようとする行為にはさすがに制止の声が掛かった。
しかし、それを無視して腰をおろせば、すでに柔らかいそこはすんなりとヒバリを受け入れた。

「君…」
「………」

今日何度目かの驚いた顔のヒバリと目が合う。
ずっと熱い顔がますます熱をもつ。熱くて酩酊しようにくらくらする脳内で、さすがに自分で後ろの準備を済ませてたなんて、引かれたかも…と、思い至り、途端に血の気が引いた。
ヒバリの顔を見ていられなくて、下を向く。

綺麗に割れた腹筋と、何だか場違いに可愛いへそを視界に入れつつ、そろりと腰を上げていると、ぐるり世界が回った。
同時に、殆ど抜けかけていたヒバリのものが勢いよくオレの中に埋められて、そのあまりの衝撃に悲鳴染みた声をあげてしまった。

つい瞬間前までヒバリに跨っていたのが、急に体勢を入れ替えられたらしい。
両方の肩をベッドに押さえ付けられていて、ぎゅっと閉じていた瞼を上げれば、まるっきり捕食者の目をしたヒバリがオレの顔を上から見詰めていた。

「渡したいプレゼントって…これ?」

問いかけと同時に更にヒバリが奥に分け入ってくる。今まで感じた事がないくらい深いところにヒバリを感じて、堪えきれない声が漏れる。

オレのものかヒバリのものか分からないくらいに煩い脈動は、まるで本当に一つのものになってしまったんじゃないかって錯覚を覚えるほどで、動いてもいないのにすごく気持ちがよくてやたらと興奮してしまう。
はぁ、はぁと荒い息を吐きながらヒバリの問い掛けに頷きで応えれば、優しい顔で「ありがとう。大事にする」と言ってくれた。
ちょっと怖いくらいに気持ちよくて幸せで、少し涙が出た。


どうやらプレゼントは無事に渡せて、喜んでもらえたらしい。
あとは、ヒバリに揺さぶられている最中、何も分からなくなった振りをして伝えるだけ。

誕生日おめでとう。
お前が好きだ。って。



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雲雀さん!誕生日おめでとうございます!


2010.06.09

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